平昌五輪で頭角を現し、今シーズンも好調な小林陵侑

 W杯ランキング1位での凱旋試合となったスキージャンプW杯札幌大会。残念ながら、小林陵侑(りょうゆう/土屋ホーム)にとっては風に恵まれない試合になってしまった。

 初日の1月26日は、本人が「トップ6の中では僕が一番向かい風の減点が少なかったんじゃないですか」という状況。8位までの選手が1m台の向かい風で10点台以上の減点になる中で、小林の1本目は6.4点減点の0.59mで、2本目は4.4点減点の0.41mと極めて弱い向かい風しかもらえなかった。

「これがジャンプですから」と苦笑した小林だが、その条件でも1本目は131mを飛んで2位につけ、2本目は5位のジャンプで総合5位になった。

 昨季の平昌五輪ではノーマルヒル7位、ラージヒル10位と日本人最高順位になって自信をつけていた小林。夏合宿では助走姿勢の改良に取り組んだ。これまでよりスピードが出て、ジャンプ台にしっかりと力を伝えて鋭く飛び出せる技術の習得に励んだ。スキー靴の改良も含めた取り組みで手応えを得ると、初戦となった8月のサマーGP白馬大会では連勝する結果を出した。

 冬シーズンに入ってからも好調を維持。W杯初戦のビスワ大会では、「10月にひざを痛めていたので不安もあった」ものの、初表彰台となる3位に。1本目は、ヒルサイズ超えの137.5mを飛びながらも手をついて転倒。2本目はコーチリクエストでゲートを1段下げ、さらに追い風の条件でも127mまで飛距離を伸ばした。

 次のルカ大会では、1本勝負になった初戦で優勝すると、翌日の2戦目は1本目でトップ、2本目はコーチリクエストで2段ゲートを下げながらもヒルレコードの147.5mを飛んで圧勝し、勢いをつけた。

 その後は3位、1位、7位と続き、12月16日のエンゲルベルク大会第2戦から、1月12日のバルデフィエメ第1戦まで6連勝。その間にあった12月30日から1月6日までのジャンプ週間では、過去66回の歴史の中でスベン・ハンナバルト(ドイツ)とカミル・ストッフ(ポーランド)のふたりしか成し遂げていない4戦全勝での総合優勝もあっさりと果たした。

 そのジャンプは、ひとりだけ別次元をいっているようだった。

「海外のメディアなどで宇宙人と言われたのはビックリしましたけど、去年のジャンプ週間でグランドスラムを達成して、ソチ五輪と平昌五輪で3個の金メダルを獲得しているストッフ選手や五輪2冠を2回やっているシモン・アマン選手(スイス)にリスペクトしていると言われたのがうれしかった」

 しかし、連戦の疲労で少し狂いも出始めている。バルデフィエメ第2戦と次のザコパネ大会では7位に止まった状態で札幌に帰ってきた。

「ザコパネはスタートゲートからの入りがすごく難しかったので厳しかったですね。入りでうまく助走姿勢を組めなかったのが、あの結果につながったと思う」

 そんな小林にとって札幌大会は1カ月ぶりの地元でリフレッシュするとともに、土屋ホームのヤンネ・バータイネンコーチにジャンプを見てもらい、修正する機会になった。

 その成果は25日の予選でも見受けられた。疲労感はぬぐい切れず、鋭さに欠けている踏切ではあったが、雪が降る悪条件の中で128.5mを飛んで3位になった。1位のステファン・クラフト(オーストリア)には2.7点差だったが、予選ということで着地でテレマークを入れられなかった分だけの差で、しっかり入れていれば余裕を持ってトップに立つジャンプだった。本人も「練習の1本も含めて2本ともタイミングがあったいいジャンプだった。特に予選(この日の2本目)は明日につながるいいジャンプだったと思う」と話していた。

 その言葉通り、初日のジャンプは悪くなかった。

「2本目もいいジャンプだったけれど、青信号になってもヘッドコーチがスタートの合図を出すのを今シーズン一番くらいに粘っていたので『これは(向かい風があまりなく)やばいんだな』と思いました」

 ただ、「あの時ゲートに入るのが遅れればよかったですね。そうしたら風がいい時に飛べたかもしれないですから。冗談ですけど……」と言って記者を笑わせるほどの余裕は持っていた。

 2日目も上位8名の中では秒速0.58m、0.64mと最も弱い向かい風の中でのジャンプで1本目は8位ながら、2本目はヤン・ホエール(オーストリア)に1.3点差で全体2位。ほぼ同じ風の条件だったクラフトには1.9点差をつけるジャンプで3位に食い込んだ。

 今シーズンこれまでのW杯の成績を見れば、1位が9回で3位3回。悪い時でも3回の7位があるだけと抜群の安定感。総合2位にはクラフトが3連勝をして追いかけてきているが、ポイント差はまだ452点もある。

 この後はフライングヒル6戦を含む12戦が残っているW杯。選手層も厚く、好調は続かないというのがジャンプの常識でもあるが、風に泣かされても5位、3位という技術の高さを保っている今の結果を見れば、日本人初のW杯総合優勝の可能性も高い。

 22歳の小林が一気に、日本男子ジャンプ界の歴史を書き換える存在になったのは確かだ。