名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第34回 昨シーズン、巨人の岡本和真は143試合にフル出場し、打率.30…
名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第34回
昨シーズン、巨人の岡本和真は143試合にフル出場し、打率.309、100打点、33本塁打というすばらしい結果を残し、シーズン途中からは”不動の4番”としてチームを支えた。今シーズンから原辰徳監督が復帰するが、その期待は変わらない。その一方で、「2年目のジンクスに陥るのではないか……」と不安視する声もある。はたして、打者が陥る”2年目のジンクス”の正体とは何なのか。また岡本はそれに打ち勝つことができるのか。かつて多くの一流打者を育て上げた名コーチ・伊勢孝夫氏に聞いた。

昨シーズン、史上最年少で3割、30本塁打、100打点を達成した巨人・岡本和真
初球から積極的に打つのが持ち味の岡本だが、彼の好不調を見分けるポイントは左足にある。もともとオープンスタンスで構えるのだが、好調時は踏み出す左足がスクエアの位置にくるため、無理なくしっかりボールを叩けている。右方向にいい当たりを放っている時は、左足がスクエアの状態になっている時だ。
逆に調子を落としている時は、左足が構えの位置、つまり開いた状態で打ちにいくため、ボールをしっかり叩けていない。引っかけ気味の内野ゴロが多い時は、まさにこの状態である。
昨シーズン見事な活躍を見せた岡本だが、たしかにいい時の状態が長かった。体つきもしっかりしてきて、うまく捉えることができれば強振しなくても飛ぶ、というコツのようなものを感じとったように思えた。
ただひとつ気になったのは、調子が悪い時のフォームのままシーズンを終えたことだ。9月14日のDeNA戦で右手親指付近に死球を受け途中交代した試合があったが、あれから20打席ほどヒットが出なかった。原因は左足だ。やはり死球への恐怖心からだろうか、しっかり踏み込めず、腰が引けていた。
クライマックス・シリーズに入っても左足はスクエアに踏み出せていなかった。頭のなかではわかっているのに、いざ打席に入ると体が勝手に反応してしまったのだろう。内角球に対する反応は、そう簡単に払拭できるものではない。
もちろんシーズンが終了し、自主トレ、キャンプを無事にこなしていけば、気持ちの切り替えはできる。ただ、前年活躍した打者に対して、徹底的に内角を攻めてくるのがプロの常道である。昨年のシーズン開幕当初はまだマークも緩かっただろうが、今年はそういうわけにはいかない。シーズン頭から内角を攻められるのは間違いないだろう。執拗な内角攻めにフォームを崩し、持ち前の積極性もしぼむ不安もある。
それだけにキャンプ、オープン戦で気持ちをリフレッシュしてバットを振り続けられるかどうか。そこもポイントになるだろう。
今年でプロ5年目の岡本だが、実質的な活躍は昨シーズンのみ。先述したように、他球団の攻めは昨年と比べものにならないほど厳しいものになる。それが”2年目のジンクス”とされてしまう理由だが、決して打者も怠けているわけではない。他球団が研究するのと同様に、打者も同じく相手投手を研究し、自分の弱点を克服しようとする。「おそらくこういう攻め方をしてくるだろう」と予測し、その対処を念頭に、自主トレ、キャンプでのフォーム固めに時間を費やす。
それでも活躍した翌シーズンに結果が出なくなってしまう打者には、あるパターンがある。一軍に出始めた頃は良くも悪くも周囲が見えず、ただ必死にバットを振り、それが好結果につながった。だが2年目になると、冷静さも身につき、周囲から何を求められるのかといった意識も芽生えてくる。
すると、これまでのガムシャラさが消え、今度は”色気”が出てしまう。たとえば、昨年はボテボテで稼いだヒットを今年はきれいに打ち返したいと思ったり、ホームランも自分のイメージする角度でスタンドに運びたいと思うようになったりする。
それは”向上心”とも受け取れるが、考えることが多くなるとガムシャラさを失い、本来のよさが影を潜めてしまうケースも多い。
コーチとしてみれば、そんな落とし穴にはまってほしくない。試合前の練習であれ、ミーティングであれ、選手に考えすぎさせないように指導していく。ガムシャラさを失い、持ち味が消えるのがいちばん怖いからだ。
とはいえ、口で何を言おうと、打席に立つのは選手本人だ。もし岡本に助言できる立場だとしたら、「4番を意識するな。6番あたりのつもりで日々を過ごせ」と言いたい。無論、私が巨人のコーチなら、安易に言うべきではない言葉でないことぐらい理解している。しかし、”巨人の4番”という重荷を背負わせることに、どれだけの意味があるのだろうか。大事なことは1本でも多くのヒット、ホームランを打ち、成績を残すことであり、4番を打つことではない。
いずれにしても、今シーズンの岡本を占う上で見逃せないのが”左足”だ。スクエアに踏み出して、しっかりボールを叩けるか。その原点さえ見失わなければ、”2年目のジンクス”をものともせず、相応の活躍をしてくれるはずだ。