「こんな大舞台に僕なんかを出場させていただいて、もっと盛り上がる試合を見せたかった。自分のボクシングを表現したかった。ちょっと悔いの残る試合です……」

 現地時間の1月18日。ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)・シアターで行なわれたIBF世界スーパーバンタム級タイトル戦を終え、高橋竜平(横浜光ボクシングジム)は反省の言葉を繰り返した。



直前に決定した世界戦でTKO負けを喫した高橋

 
 メインアリーナではなく小ぶりな「シアター」での試合とはいえ、伝統の会場で日本人ボクサーが初めて臨んだ世界タイトル戦。高橋本人の言葉どおり、残念ながら、王者テレンス・ジョン・ドヘニーとの戦いはファンを喜ばせるエキサイティングな内容にはならなかった。

 ドヘニーは序盤から中間距離を制圧し、スムーズなパンチを繰り出していく。第3ラウンド、高橋はバランスを崩したところに左フックを浴びてダウン。王者はこれで完全にペースを掴み、以降も余裕を持ってラウンドを重ねていった。

「ドヘニーは距離が遠くて、パンチがあった。カウンターを打たれて、(相手の距離を)つぶしにいけなかった。ほんとに完敗でしたね」 

 高橋が中盤以降に決意を固めて距離を詰めても、ドヘニーの左ストレート、右フックがカウンターで飛んできた。王者が得意とする左アッパーも冴えわたり、挑戦者はダメージを溜め込んでいく。この日まで16勝(3敗)中、KOは6のみというパワー不足もあって、流れを変える糸口は掴めなかった。

 一方的な展開のまま、11ラウンドに高橋が連打を浴びたところでレフェリーがストップ。ワンサイドゲームの末、11回2分18秒でドヘニーがTKO防衛に成功した。ストップのタイミングは唐突にも感じられたが、蓄積したダメージを考えれば正しい判断だったのだろう。試合終了の瞬間、MSGシアターの観客席からも不満めいた声がほとんど出なかったことがそれを証明している。

 今回は高橋にとって、極めて厳しい条件で行なわれた世界初挑戦だったことは述べておくべきだろう。オファー自体は昨年12月1日に受けていたとはいえ、正式決定したのは約1週間前という”急造タイトル戦”。2月9日にアメリカ西海岸で想定していた試合が前倒しになったとあれば、十分な調整、対策ができなかったとしても仕方ない。そんな状況でもしっかりと体重を作り、後半まであきらめずに手を出し続けたことは評価されていい。

 ただ……アメリカでは諸事情で直前に試合が決まることも決して珍しいことではない。プロとして契約書にサインした以上、調整期間云々はエクスキューズにはならないし、お金を払って会場に試合を観に来るファンにも関係のないこと。そして、力のある選手はそんな悪条件下でも何とかしてポテンシャルをアピールし、キャリアアップにつなげていくものだ。

 昨年12月22日にブルックリンで開催された世界ミドル級戦では、本番5日前に代役挑戦が決まったマット・コロボフ(ロシア)が、王者ジャモール・チャーロ(アメリカ)に大善戦。最終的に判定で負けたものの、”緊急登板”で評価を上げる結果になった。負けても好試合をすれば商品価値は上がるもので、コロボフにはまた遠からずうちにビッグチャンスが訪れるだろう。

 そんな例と比較しても、今回の高橋の戦いぶりは「もっと準備できていれば」と周囲に可能性を感じさせるものではなかった。本人の言葉どおり、スキル、パワー、スピードをはじめ、スタミナ以外のすべての面で相手に劣ったうえでの完敗。観客を沸かせる見せ場を作ることもかなわなかったという意味で、アメリカでの近未来につながる戦いでなかったことは受け止めなければなるまい。

 挑戦者の名誉のために付け加えておくと、今回の試合前後、高橋は言い訳めいたことは一切口にしなかった。自身の実績不足を潔く認め、懸命に準備する姿は好感が持てた。悔しいTKO負けのあとも冷静に自己分析し、「準備期間不足」「深いカットの影響」といったメディアからの問いかけには一切耳を貸さなかった。

 多くのボクサーたちは、痛恨の敗戦後にえてして自身の本質を晒すもの。決してブレがなかった高橋の真摯な姿勢は、その人間性をわかりやすい形で示していた。試合直後に自己分析できる聡明さも備えているのだから、今回の完敗からも何らかの形でポジティブな部分を見出していくことは可能なのかもしれない。

 東洋大学ボクシング部時代は準レギュラーで、アマチュア時代の成績も10勝10敗と平凡だった高橋は、プロデビュー戦で初回KO負け。以降はハイペースで勝ち続け、IBFの下部タイトルを奪うも、いわゆるエリートのプロスペクトと目されたことはなかった。そして今回、昨年9月の結婚後に初めて迎えたリング登場でも新たな挫折を味わうことになった。

「(初の世界戦に)自分でも賭けていたところがあったので、次はまだちょっと考えられない。ただ、ドヘニー選手も終わった後に僕のところに声をかけてくれて、リスペクトを示してくれた。僕のボクシングを肯定してくれた。(だとすれば)まだ次に生かせるところもあるのかな……」

 ニューヨークの大舞台は厳しい現実を突きつけられるステージになったが、その中でも高橋は最後に希望の言葉を絞り出した。漫画『はじめの一歩』に影響されてボクシングを始めたという好漢は、再び上昇していけるのか。まさにその人気漫画の主人公のように、挫折を糧にしていけるかどうか。

 完敗の後では簡単ではないが、また立ち上がり、いつか何らかの大舞台に戻ってきたとき、厳しかったニューヨークリングの記憶がきっと何らかの形で役に立つはずである。