1901年創部の早稲田大学野球部は、東京六大学リーグで45回の優勝を誇る名門中の名門だ。これまで、数多くの名選手を…
1901年創部の早稲田大学野球部は、東京六大学リーグで45回の優勝を誇る名門中の名門だ。これまで、数多くの名選手をプロ野球に送り込んできた。
しかし、2017年秋には70年ぶりの最下位(東京大学と同率の5位)に沈み、ここ6シーズンは優勝から遠ざかっている。名門の危機にあたり、第20代監督に就任したのが、1989年に同野球部の第79代主将を務めた小宮山悟だ。
プロ野球で通算117勝を挙げ、2002年にニューヨーク・メッツでもプレーした小宮山にとって、早稲田大学野球部は自身の原点だという。芝浦工業大学柏高校時代は甲子園に出場できなかったが、二浪の末に入学した早稲田大学では4年間で通算20勝をマークし、1989年ドラフト1位でロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)入団を果たした。
小宮山は、もし早稲田大学野球部に入らなければ、恩師の石井連藏氏に出会わなければ、「今の小宮山悟はない」と言い切る。昨年9月の監督就任会見では「受け継がれてきた”一球入魂”の精神を守り、早稲田で4年間やってよかったという選手を輩出していけるようにしたい」と語った。
2019年1月1日に監督に就任した小宮山悟新監督は、名門再建に向けてどんな思いを持っているのか。
新体制をスタートさせた早稲田大野球部の小宮山監督
――監督に就任したばかりですが、苦労していることはなんですか?
小宮山 3学年で100人以上いる部員の名前と顔を一致させることですね。印象の薄い選手もいて、まだ全員を把握できていない。今の子には欲がないのかもしれないですけど、自分の顔と名前を覚えてもらおうと思わないのはダメ。「自分は誰で、どんな特徴があるのか」をこちらに示さないことに物足りなさを感じています。「オレを使え」くらいの勢いでこないと。
――ここ6シーズン、早稲田大学は優勝から遠ざかっていますが、現在の戦力をどう見ていますか?
小宮山 今のチームにはいい選手がたくさんいます。自分たちの学生時代と比較したら、選手の質という部分では、天と地ほどの差がある。すばらしい選手ばかり。「これほどの能力を持つ選手が、あの時代の早稲田にいてくれたら」とも思いますが、今は他の大学にも同じようにすばらしい選手がいます。
早稲田にも、他のチームでもレギュラーとして通用する選手がたくさんいますけど、問題は本気で野球に取り組めるかどうかです。ポジションが限られていますから、全員を起用するわけにはいかない。レギュラーを取ったことに満足している、思うように伸びないケースもきっと出てくるでしょう。そうならないように、ガムシャラに懸命にやらないといけません。大事なことは、本人がそれに気づくかどうか。なんとか気づくことができるように仕向けていきたいです。
――小宮山さんが主将を務めていた30年前とは、選手の気質が大きく変わっていると思いますが。
小宮山 選手の気質が変化しているとしても「だから、なんだ?」という話。彼らに合わせるのではなく、彼らが早稲田大学の野球部に合わせるべきだと思っています。「早稲田大学の野球部はこういうところなんだ」ということを示してあげればいい。そこをきちんと理解したうえで、グラウンドに立ってほしいです。
――具体的にはどんな指導方針で臨むつもりですか?
小宮山 昔とは違って、部員全員が集まって練習できるのは日曜日だけですから、選手がグラウンドに揃わないという難しさはあります。こちらが求めるのは、「基本に忠実」ということ。できないことまでは要求しません。できることを確実にこなせるように普段から鍛錬してほしいですね。
首根っこをつかんでやらせることが必要な選手にはそうしますが、基本的には自分で自分を律してほしい。そもそも、野球はチームスポーツではあるけれど、1対1の勝負の集合体なので、個人の力量差が際立ちます。だからこそ、他人に負けないことをしなければならないんです。
チームの中で競争が存在しないようでは、他大学に勝てるはずがない。今はレギュラーとそうでない選手との差が開いてしまっているので、そこをなんとかしたいですね。チーム内の競争があれば、全体のレベルがどんどん上がっていくはず。ヘラヘラしながら野球をやっていては、強くなれるはずがありません。本当に楽しく野球をしたいのであれば、高い意識を持って取り組んでほしいです。
――100人以上の部員を束ねるうえで大切なことはなんでしょうか?
小宮山 「なんのために野球をするのか」について、選手ひとりひとりに温度差がありますから、全員を同じ方向に向けさせるのが監督の仕事です。また、個人的に大事だと思っているのは「OBの存在」。100年を超える歴史を誇る野球部の、OB会組織の一員であるOBがグラウンドに来て「早稲田の野球部を出たらこうだぞ」「大学4年間、練習に打ち込むことがその先で重要な意味を持つ」と学生に示してもらえたら、心持ちが変わるんじゃないかと思います。
私自身も大学時代、監督だった石井連藏さんの教え子であるOBの方々から、いろいろなお話を聞かせていただき、ありがたかった。今の選手たちも同じような経験を積めば、野球部全体がいい形になるのではと考えています。
――OBのみなさんは、「鬼の連藏」と恐れられた石井さんのような厳しさを小宮山さんに求めているのでしょうか?
小宮山 早稲田大学野球部が周囲から「だらしない」と言われることに対して、はらわたが煮えくりかえる思いでいるOBはたくさんいます。そんな中で、OB会から監督を要請されたわけですから心して務めますよ。選手たちを大人として扱いたいけど、それだけではネット裏のOBの方々が納得しないと思うので、そこは鬼にならないといけない。
一体、何をもって厳しいというのか。勝負なんだから厳しいのは当たり前です。厳しい練習をするのもそう。チーム内にライバルがいて当然ですし、そのライバルに負けないようにするためにはどうするか。より多くバットを振る、たくさん走って、投げて、25人のベンチ入りメンバーを目指して必死にもがくのが正しい姿。早稲田のユニフォームを着て神宮球場でプレーすることの重みを感じてほしいですね。
レギュラーで試合に出ている選手に関していえば、チームの中ではトップかもしれないけれど、六大学の中ではどうか。さらに、全国的に見てどうか。そういう部分での甘さが見えるので、「そんなに甘いものじゃないんだよ」と教えなければいけません。
――昨秋、12シーズンぶりに優勝した法政大学、その前に2連覇を果たした慶應大学のほか、明治大学にも立教大学にも甲子園で活躍した選手たちが入ってきます。
小宮山 東京六大学の戦力は拮抗していて、どこが勝ってもおかしくない時代です。だからこそ、勝つことよりも大事なことを選手に求めたいですね。本気になって頑張れる選手は社会に出てもたぶん大丈夫ですが、そうじゃない選手は厳しいでしょう。だから、本気にならないヤツは使わない。ただ「早稲田を経由した」というだけではいけません。「早稲田の人間になって世に出る」というのが正しい道だと思います。
恩師である石井さんの言葉は、自分の人生を送るうえで肝に銘じるべきことばかりでした。石井さんの教え、(野球部の初代監督である)飛田穂洲先生の教えを、野球部員が知らないまま卒業するようなことがあってはいけない。それを伝授するのが自分の仕事だと考えています。