東海大・駅伝戦記 第45回「これで今回の箱根駅伝は完結しました」 東海大の両角速(もろずみ・はやし)監督は、満足した表情で汗を拭った。 第95回箱根駅伝で総合優勝を果たした両角監督は「高根沢町元気あっぷハーフ」の50歳以上の10キロ走に…

東海大・駅伝戦記 第45回

「これで今回の箱根駅伝は完結しました」

 東海大の両角速(もろずみ・はやし)監督は、満足した表情で汗を拭った。

 第95回箱根駅伝で総合優勝を果たした両角監督は「高根沢町元気あっぷハーフ」の50歳以上の10キロ走に出場した。昨年夏から月間500キロを走り、体重は86キロから69キロへ、17キロもの減量に成功。箱根駅伝の期間中は「故障があって……」と今レースへの出場が危ぶまれたが、快晴のなか10キロを43分4秒で駆け抜け、12位という成績を残した。



新シーズンの強化プランを語る東海大・両角速監督

「本音を言えば入賞したかったのですが……これが学生たちへの刺激になればと、勝手に思っています」

 両角監督はそう笑顔で語った。

 このレース、東海大から12名の選手が(一般男子ハーフマラソンに)エントリーしていた。箱根駅伝2位の青学大は16名がエントリーし、優勝とタイムを狙うなか、東海大は湯澤舜(しゅん/4年)、郡司陽大(あきひろ/3年)をはじめ、今後ハーフマラソンに参戦するための練習の一環としてのレースになった。

 両チームの選手がレースを終えて待機場所に戻ろうとすると、大勢のファンが取り囲む。青学大の選手が囲まれるのはよく目にする光景だが、東海大の選手も箱根駅伝優勝の影響だろうか、確実にファンが増えている。両角監督のもとにも、レース後、サインと写真撮影で100名を優に超えるファンが並び、長蛇の列ができていた。

「今だけですよ」

 両角監督は苦笑するが、優勝特需は来年の箱根駅伝まで続きそうだ。

 一方のチームはすでに新体制となり、始動している。新キャプテンには館澤亨次(3年)が就任。チームの目標は「学生駅伝3冠」になった。両角監督に新チームについて聞いてみた。

―― 館澤選手がキャプテンになりました。

「もともと学年リーダーをやっていましたし、その時からリーダーシップをとることに長けていたので『キャプテンは館澤かなぁ』って、昨年から思っていました。実際、同級生からの支持も館澤だったので、すんなりと決まりました。おとなしかった歴代のキャプテンである春日(千速)や湊谷(春紀)とはキャラクター的にちょっと違いますが、キャプテンとしてこうあるべきというのはないので、彼なりの持ち味を出してやってくれればいいかなと思っています」

―― 館澤選手は今年も1500mをやりつつ、箱根を走るスタンスは変わらない?

「そうですね。ここ2年間、館澤は1500mをやりながら、箱根も走るというスタイルで非常に安定して走れています。区間賞こそないですが、昨年と今回の箱根で本当にいい流れをつくってくれましたからね。1500mと箱根を両立するやり方を自分のなかでも把握しつつあるようですし、本人が1500mを走ることが箱根にプラスになっていると考えています。レースで思い切り突っ込んでいけるのは、そうしたことが自信になっていると思うので、今年も変わらないと思います」

 館澤らは1月末にアメリカに向けて出発し、合宿を行なう。一昨年から東海大はアメリカ合宿を行ない、昨年は館澤のほかに關颯人(せき・はやと)、鬼塚翔太、阪口竜平(すべて3年)が参加。その背景には、大迫傑(すぐる)の成功例があるからだろう。アフリカ勢とは異なる取り組みで世界を制しようとするアメリカ式トレーニングを学びたいと思う選手は多い。

―― アメリカ合宿ですが、この意図はどこにあるのでしょうか。

「たとえば、館澤は世界を目指したいと言っているので、そこに近づくためには、アメリカのやり方を理解することを含め、世界の空気を感じることが大事だと思っています。館澤が(今年)1戦目に出場予定のレースには、リオ五輪1500mで金メダルを獲ったマシュー・セントロウィッツが出場するので、そういうところで一緒に走ることが今後、世界で活躍するためには重要だと思うんですよ。あと、この時期(1~3月)、日本はハーフの大会が中心なので、それは彼にとってキツイ。そういう事情もあります」

―― アメリカでの経験が今後、大迫選手のようになるきっかけになれば……という感じですか。

「大迫のレベルにいくのは簡単じゃないです。実際、遠藤日向(住友電工)、松枝博輝(富士通)もアメリカで合宿をしていますが、まだ結果を出していません。やはり、アメリカと日本では考え方の違いがあるので、それを受け入れられる力があるかどうか……。大迫の場合は、相当の覚悟を持ってアメリカに行ったわけです。日清食品をやめていますからね。遠藤たちが所属先をやめていないから成功していないということではないのですが、やはり相当な覚悟がないと難しいと思います。学生の場合は、企業スポーツの選手と異なりますが、国内だけではなく海外での経験が、成長するためには必要だと思っています」

 企業スポーツといえば、いま話題になっているのが日清食品グループ陸上部の問題である。先日、佐藤悠基、村澤明伸以外の部員12名に退部通告が出され、今春入社予定だった大学生2名が内定を取り消された。陸上界に衝撃を与えたニュースだが、実業団に学生を送り出す大学にも少なからず影響は出るだろう。

―― 日清食品の陸上部問題について、両角監督はどのようにとらえていますか。

「東京五輪前のこのタイミングで……ということでびっくりしました。私自身も現役時代、ダイエー、日産と会社の業績や方向転換などで移籍を経験してきましたが、会社の事情で最初に切られるのが企業スポーツだと思っています。ただ、経営者側は慎重に考え、苦渋の決断だったと思いますし、結果を残せなかった選手自身にも問題があるような気がします。慈善事業で企業スポーツをやっているわけではないですからね。選手は常に危ない橋の上にいることを意識し、競技者として自分の魅力を発揮していかないといけないと思いますね」

―― 今後、学生の就職にも影響してきそうですか。

「陸上をやっている学生は、走るのが得意なので、それで就職したいという気持ちが強いと思うんです。でも、本当にその想いだけでいいのか、ということですね。当然、永遠に走ることはできないので、セカンドキャリアを考えていかないといけない。その時に自分がどう対応できるのか。私は教員免許を取ることを積極的に学生に勧めていますが、そういうことも大事だなって思います」

 そして4月からの新シーズンで気になるのは、年間の強化プランである。昨年は、夏まではトラックでスピードを磨いた。夏合宿からは長距離、とりわけ全日本大学駅伝以降はレースに参加せず、合宿で距離を走り、選手のコンディションを整えていった。その新しい取り組みが、悲願の箱根駅伝初優勝に結びついたのだ。

―― 新シーズンも今回の成功例を踏襲していくのでしょうか。

「基本的にはそうです。今年も、秋の競技会への参加は考えずにやっていきます。そういう流れを崩してしまうと、逆の結果になる可能性がありますから。箱根に向けてはいい流れができているので、今の1~3年生はそのままやっていきます。また、4月から新たにコーチングスタッフが増える予定なので、学生たちをきめ細かく見ていくことが可能になると思います」

―― 1、2年生ですが、3年の”黄金世代”に比べると、西田壮志(2年)以外、なかなか結果が出ていません。この学年について、どう判断していますか。

「1、2年生はちょっとひ弱な学年になっていますね。実際、2年生は西田しか今回の箱根を走っていません。これから上げていかないといけない選手がたくさんいます。たとえば、2年生の名取燎太(りょうた)、塩澤稀夕(きせき)は故障が多く、きちんと走れていないので、今はじっくりと練習をやる感じです。

とくに名取は試合に合わせて調整し、故障して……というのを繰り返しているので、今は(3月10日の)学生ハーフまでレースを入れず、ゆっくりのペースで距離を踏んでいくということをやっています。来年の箱根は今の3年生がいるので戦えると思うんですが、その次を考えると1、2年生の底上げが今シーズンの大きな課題ですね」

 4月からの新シーズン、箱根駅伝優勝を自信に”黄金世代”の新4年生を軸としたチームはピークを迎えることになる。ただ、やはり3年生以下の層が薄い。

 主力を脅かすような選手を生み出せるのか――名取、塩澤の復活、さらに新入生を含めた新たな選手の台頭こそ、箱根連覇、そして「黄金時代」を築くための不可欠な要素になる。