「試合に出る前の通路で、クーペルはめちゃくちゃ思い切り、拳で胸を叩いてくる。『どん』って。あれは本気で痛い」 リーガ…
「試合に出る前の通路で、クーペルはめちゃくちゃ思い切り、拳で胸を叩いてくる。『どん』って。あれは本気で痛い」
リーガ・エスパニョーラ、マジョルカでプレーしていた時代、大久保嘉人(ジュビロ磐田)は語っていたものである。
それはエクトル・クーペル監督の”戦いの儀式”だった。先発メンバーの胸をひとりひとり、拳に力を込めて叩く。気合い注入だ。

アジアカップでウズベキスタン代表を率いているエクトル・クーペル監督
クーペルは戦術家として語られることもあるが、練習内容に目新しさはあまりない。フィジカルトレーニング系が中心。とにかく体力面の質を向上させ、気持ちを最大限に高めて戦わせるタイプの指揮官だ。
<戦闘力を堅守とカウンターに結集する>
そのやり方がはまったチームがあった。
1999-00と2000-01シーズン、2年連続でチャンピオンズリーグ決勝に進出したバレンシアである。
クーペルに率いられたバレンシアは、分厚い守備で守り切り、走力に優れたアタッカーが勝負を決めた。しつこい守備でボールを奪い返すと、とにかく手数をかけない。「気がついた時には相手が死んでいる」と形容されるカウンター攻撃を繰り出した。当時のアルゼンチン代表FWクラウディオ・ロペスが、圧倒的スピードから決めたゴールの数々は伝説的だ。
アルゼンチン生まれのクーペルは現役時代、センターバックとしてストロングヘッダーで鳴らし、「身体を鍛えて行き着いた境地が監督の原点にある」とも言われる。お洒落なボールプレーは好まない。とことん効率性を重んじ、フィジカルタフネスを求める。
2018年8月からウズベキスタン代表を率いるクーペルは、その戦術を駆使することができるのか?
クーペルの戦い方は、監督を始めたときから大きくは変わっていない。
2015年から率いたエジプト代表では、見事にロシアW杯アフリカ予選を勝ち抜いている。このときに確立した戦いも、フィジカルを土台にした堅い守りとカウンターだった。モハメド・サラー(リバプール)という、とっておきの人材がいたことで、カウンター攻撃は迫力満点だった。サラーはまさに、C・ロペスに通じるところのあるアタッカーと言えるだろう。
FWに走力、得点力を備えた人材がいると、クーペルのチームは真価を発揮している。インテルでスクデットを争っていたときも、”重戦車”と呼ばれたイタリア人FWクリスティアン・ヴィエリがいた。
「ストライカーは中盤に落ちるな!」
マジョルカ時代、クーペルは大久保に対し、繰り返し注意を与えていた。「前線の選手は相手をノックアウトするために存在している」という考え方だろう。
攻めに人数は必要ない。どれだけ速く相手ゴールに迫れるか。「ピッチ中央には地雷を埋める」というのが基本戦術で、相手の攻撃を潰し、カウンターの起点とする。攻撃はサイドからできるだけ速くボールを持ち運ぶのが定石。たとえボールを失っても、自分たちのゴールからは遠い、という論理だ。
やり方がシンプルなだけに、短期間でも結果を出せる指揮官だろう。
逆に、自らの戦術がはまらない場合は、打つ手がない。ベティス、パルマ、ジョージア代表、ラシン・サンタンデール、アル・ワスル(UAE)などでは、1年も経たないうちに解任(もしくは事実上の解任)されている。所属する選手との相性が出る指揮官だ。
もっとも、ゴールの確率が上がって勝利につながるなら、ファンタジスタにも居場所を与えている。その点、頑迷な指揮官ではない。マジョルカではファン・カルロス・バレロン、バレンシアではパブロ・アイマールを起用。その才能を生かし切っているのだ。
UAEで開催されているアジアカップを戦うウズベキスタンにも、クーペルの色はすでに出つつある。
トルクメニスタン戦の先制点は、自陣でのボールを奪い返し、一度もスピードダウンせず、コンビネーションを使い、電光石火の速さのフィニッシュだった。2点目も、自陣でボールを取り戻したあと、1本のパスをFWエルドル・ショムロドフ(ロストフ)につなげ、鮮やかにネットに突き刺した。そして4点目も自陣から1本のパスで、またもショムロドフがDF、GKを外して決めている。
すでに大会3得点のショムロドフはロシアリーグでプレー。クーペル戦術のカギを握るひとりだろう。高さ、速さを備え、ポテンシャルは高い。まさにクーペル好みのストライカーだろう。
もうひとり、右サイドのアタッカーであるドストンベク・ハムダモフ(アンジ・マハチカラ/ロシア)も、高い走力を誇る。2015年にはアジア年間最優秀ホープ選手賞を受賞。切り札的な存在になるのではないか。他にオディル・アフメドフ(上海上港/中国)、ヤボヒル・シディコフ(コーカンド/ウズベキスタン)も侮れない。
監督生活25年のクーペルは老練な指揮官である。日本戦、カウンターの準備はできているだろう。あとはウズベキスタンの選手たちの胸を拳で殴って、ピッチに送り出すだけだ。