昨年の春季キャンプで寺島成輝(なるき/ヤクルト)は、プロ2年目を迎えるにあたり「シーズン5勝をいちばんの目標として…

 昨年の春季キャンプで寺島成輝(なるき/ヤクルト)は、プロ2年目を迎えるにあたり「シーズン5勝をいちばんの目標としています」と言った。そうして、ICレコーダーに顔を近づけて「ここからが大事なところです」と話しを続けた。

「その前にまず1勝すること。そのために勝ちがつくように5回までしっかり投げること。その前に開幕一軍に残ること。そうなるにはオープン戦で結果を残すこと。そうした目標をひとつひとつクリアしていきたいです。その大前提として、投げる体力をつけ、全力の真っすぐを低目に投げること。常にそのことを意識して練習しています」



プロ初勝利を目指すプロ3年目のヤクルト・寺島成輝

 結果的に、そのほとんどを実現することができなかった。シーズン終了後に行なわれた愛媛・松山での秋季キャンプで、寺島は苦しみ続けた1年についてこう振り返った。

「2月の沖縄キャンプが始まった時、まず紅白戦でアウトが取れずに終わったり……すごい下まで落ちたのですが、調子は徐々に上がってきたんです。ただ、そこから(インフルエンザで)体調を崩して寝たきりになってしまって……筋肉も体重も落ちましたし、いちばんわからなくなったのが投げ方でした。『あれ、キャンプではどうやってなげていたかな』って。そのあとはコーチと練習しながら、よくなったり悪くなったりで……」

 寺島は「イメージに体がついてこなかったんです」と言った。

「自分がよかった時の”指のかかり”とかあるんですが、そういう感覚が一切ないとか、全然違うみたいな。試合になれば相手に向かっていかなければいけないんですけど、自分の意識との戦いになってしまったんです」

 二軍では納得いかない登板が続き、戸田球場で練習する姿を見れば、悩み苦しんでいることが痛いほど伝わってきた。5月のある日の練習では、「オレはバスケもできる、バレーもできる、卓球もできる。オレはパワーもある、何だってできると思う。でも野球だけできへん。いや、できる」と自分に言い聞かせるように、ウエイトボールを頭上高くに放り投げるトレーニングを繰り返していた。

「今、その時の感情を思い出すのは難しいんですけど……正直、それまでは意識しなくてもうまくいっていたことができなくなった。そのもどかしさというか。『なんでやねん』という感情だったと思います」

 7月に戸田球場を訪れた時には、「僕を取材しても仕方ないですよ」と寺島は小さく笑った。その3日前に一軍の阪神戦に先発するも、2回を4安打、4四球、6失点で敗戦投手になっていた。球場から寮へ続く道を歩きながら、その登板について話してくれたのだった。

「あの試合では、真っすぐで空振りも取れましたし、ゾーンに入ればなんとかなるという感覚はありました。ただ、2回に二死から投手(小野泰己)への初球をボールにしてしまったことで『四球はよくない』という雑念が入ってきて、結局、歩かせてしまったことで『やばいぞ』となり、そこからストライクが入らず、自分との戦いになってしまったんです」

 マウンドに集まった野手陣からは「20歳なんだからもっと躍動感を出して、弾けてもいいんじゃないか」とアドバイスがあったという。

「次からはカウントが3ボールだろうが、投げ方の感覚とかは気にせず、低レベルかもしれないですけど、真っすぐを真ん中にぶち込もうと。今まではコーナーを狙うために7割から9割の力で投げていたのですが、それじゃダメだということがわかりました。落ちるところまで落ちたので、あの結果をプラスにしていきたいですね」

 9月6日、寺島は二軍の試合で神宮球場に姿を見せた。室内練習場から球場へ向かう道で「こっちに入りたいですよね」と、左側に見える一軍のクラブハウスを見てつぶやいた。一軍でノックアウトされた直後は、二軍で4試合に登板して3勝0敗、21回1/3を自責点1で抑える好投を見せていた。

「感覚が戻ったというより、完全に開き直って、どんな形でもいいから抑えてやろうと。打たれてもいいからひたすら真ん中に投げようと。ただ、少しよくないとストライクを欲しがって悪くなったり、ねじ伏せてやろうとしたら力みすぎてダメになったり……。でもこの前は、147キロが出たので150キロまであと3キロです(笑)。まだシーズンは残っているので、二軍で結果を出して、シーズン終盤に一軍でチャンスをもらえたら……一軍で1勝したいです」

 結局、この願いも実現しなかったが、二軍では7勝5敗、防御率3.40でシーズンを終えた。前半の不調と高卒2年目ということを考えれば、決して悲観する数字ではない。10月にはU-23日本代表の一員として、コロンビアでのW杯も経験した。

「もっと投げたかったんですけど(登板は1試合)、実力の世界なんで。情けない気持ちもありますが、現実として受け止めました。そのなかで外国の打者と対戦できましたし、ちょっとした会話でも、なにかポイントになるかなということもありました」

 寺島は帰国すると、すぐにチームの秋季キャンプに参加した。

「ちょっとずつですが、いい感覚になってきています。真っすぐも、もっと『パチン!』という感覚をつかめば……。高校生の時に『真っすぐで押したい』と言ってきて、プロに入ってもそれを大事にしたいと思っていたのですが、その真っすぐがいかなくなって……とにかくもう一度、真っすぐを磨いていきたいです」

 そのために、新しい自分を創るのか、それとも過去の自分を探すのか。

「両方ですね。体も成長していますし、そうなれば体も使い方も絶対に変わります。今を考えながら、昔の自分を……やっぱり投げ方がよかったから、いいボールを投げられていたわけですから。自分が考えて取り組むことはたくさんあるはずですし、わからないことはコーチに聞いて、そうやって変わっていきたいですね」

 石井弘寿投手コーチに、寺島について話を聞いた。松山での秋季キャンプでは寺島の練習をじっくりと見守り、何度もアドバイスを送っていた。

「まず、投げる感覚がすばらしいです。投球術もあり、守備、けん制も申し分ない。ボールにスピンをかける感覚も優れています。140キロの数値でも、思ったよりきていると感じる真っすぐですし、曲がり球とか、抜き球、落ち球もすごく感覚よく投げられる。ただ、手先が器用すぎるので、リリースだけでまかなえてしまう。そのことで、下半身と上半身の連動性が疎かになっていました」

 そして石井コーチは、秋季キャンプで取り組んだことを具体的に説明してくれた。

「踏み出した時に軸足がしっかりとプレートを蹴って、力を前に伝えることですね。蹴る足が先に離れてしまうと、上体が突っ込んでしまいます。そうなると下半身がほどけ、右ひざも割れてしまいボールに力が伝わりません。その時に指先でコントロールできてしまうので、それが悪い癖となって、なかなか抜けなかったですね。下半身をしっかり始動させてから、上体を乗せていく。秋のキャンプではそこを徹底的に見直してきました。

 神宮での阪神戦も悪くはなかったんです。小野投手への四球が起点となって大量失点となりましたが、あそこをクリアしていけば波に乗れていたかもしれません。ちょっとしたきっかけのところまではきているんです。

 寺島は高卒ですが即戦力と言われ2年が経ちました。ドラフト1位ということや同期の活躍がプレッシャーになると思いますけど、遠いことじゃないんです。そこを僕たちがなんとかきっかけをつかめるようにさせたいですよね。2019年は、彼の方向性を見出せるシーズンになるんじゃないかと楽しみにしています」

 昨シーズン、寺島と同期の高卒投手20人中10人が一軍で勝利投手となった。同じドラフト1位の藤平尚真(楽天)や今井達也(西武)、ほかにも山本由伸(オリックス)、才木浩人(阪神)、アドゥワ誠(広島)、チームメイトの梅野雄吾らも頭角を現した。

 そのことについて寺島に聞くと、嫌な顔ひとつせず答えてくれた。

「同級生たちはそれぞれなにかあるから一軍で投げられるんで……。今の自分にはそれがないから投げられないと思っています。もちろん、同級生たちが頑張っていることで『自分も』という気持ちは少なからずあります。でも『自分はこんなもんじゃない』という気持ちはありません。これが今の自分なんだと思ってやっています」

 そしてこう続けた。

「頑張りますというのもおかしいんですけど、やっぱり頑張りますとしか……(苦笑)。本当にやるしかないですし、先があるかどうかは自分次第だと思っています。このままだったら『終わっちゃうよ』とも言われますし、絶対にそうはなりたくない。本当に結果を出すしか道がないんで。1勝を目指すじゃなく、1勝しないといけないと思っています」

 悩んで苦しんで、努力した時間は無駄にはならないはずだ。プロ初勝利はもちろん、さらなる飛躍を寺島には期待してしまうのである。