4年に一度のアジア最高峰の大会「アジアパラ競技大会」が、今年10月6~13日の8日間にわたって、インドネシア・ジャカルタで開催された。18競技中17競技に参加した日本選手団の中で、団体競技では唯一「アジア王座」を獲得したのが、ゴールボール…

4年に一度のアジア最高峰の大会「アジアパラ競技大会」が、今年10月6~13日の8日間にわたって、インドネシア・ジャカルタで開催された。18競技中17競技に参加した日本選手団の中で、団体競技では唯一「アジア王座」を獲得したのが、ゴールボール女子日本代表チームだ。その活躍をサポートした企業の一つが、スポーツアイウェアを製造販売する山本光学。同社が開発したのは、日本初のゴールボール競技専用の「アイシェード」(SWANS GB-161)。2018年度グッドデザイン賞も受賞した同製品は今、世界のゴールボール界から注目を浴びている。

取材・文/斎藤寿子

スポーツ用のサングラスや、スキー、水泳用のゴーグルなど、SWANSブランドのスポーツアイウェアで知られる山本光学は、約2年をかけて“アスリート・ファースト”の視点から設計、改良を重ね、ゴールボール競技専用のアイシェードを開発。2018年春から日本代表の強化指定選手への提供を始めた。さらに同年8月には、日本ゴールボール協会とオフィシャルサプライヤー契約を締結した。

「ゴールボール」とは、視覚に障がいのある人たちのために考案されたスポーツ。1チーム3人の選手がアイシェード(目隠し)をつけて、鈴入りのボールを交互に転がし、相手ゴールに入れて得点を競う。パラリンピックには1976年のトロント大会(カナダ)から正式種目として採用され、2012年ロンドン大会(イギリス)では、女子日本代表が団体競技でパラリンピック初の金メダルに輝いた。

山本光学がゴールボール専用アイシェードの開発を始めたのは2016年。男女それぞれのクラブチームを持つ、国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)の職員から『ゴールボール専用のアイシェードを作ってもらえないだろうか』という相談・依頼があったことがきっかけで、プロジェクトが始まった。

これまで選手たちが装着するアイシェードは、スキー用ゴーグルのフレームにレンズ状にカットした黒色の遮光シートを装着したものを代用しており、専用のものではなかった。

それは全国共通で、日本代表に選出されるほどのトッププレーヤーにおいても同じ環境にあった。当時の経緯について、代表取締役社長の山本直之氏はこう説明する。

「はじめは、私たちも自社ブランドのスキーゴーグルを改良したものを提供していました。しかし、それでは強度がどうしても不足し、安心してプレーに専念することができない。そこで、ゴールボール専用のアイシェードを一から開発しようということになったんです」 ゴールボールで使用されているボールは、大きさはバスケットボールとほぼ同じだが、その皮質は硬く、そして重さはバスケットボールの約2倍、1.25キロにも及ぶ。そのボールを約10メートル先から思い切りバウンドしたボールが投げ込まれる。そのスピードは男子では時速50キロ超にも及び、守備側の選手の体への衝撃は非常に大きい。

競技中に耳を澄ましていると、選手たちの体に当たった際には「ボコッ」と重厚感のある音が聞こえる。まともに当たれば、ケガをする可能性もある。

そのため、軽量化が進むスキー用ゴーグルではどうしても強度が不足していた。また、選手によって障がいの度合い(視力)が異なるため、条件を平等に保つためにルール上、選手が装着するアイシェードは完全な遮光性を持つものでなければならない。

そこで、山本光学では「強度」と「遮光性」を追求したアイシェードの開発に着手。フレームとレンズを一体成形にすることで、完全な遮光性を確保することに成功した。

さらに、これまでほぼ平らだったフレーム正面に突起状のリブ構造を設け、ポリカーボネート素材のシートを貼り合わせた。これにより、剛性を高め、ボールが当たった時のフレーム変形を防止し、眼球や鼻部への衝撃緩和することで、安全かつ安心してプレーすることを実現させた。そのほか、顔に当たる部分には汗の吸収性と速乾性を兼ねた素材のスポンジを採用し、清潔さにも配慮している。

また、特に選手に好評なのは、従来にはなかったデザイン性の高さだ。これまでの「遮光性=黒」という固定概念を払しょくし、カラフルなものにしたのだ。

「これまでずっと黒のものしかなかったのですが、選手の話をうかがうと、やはりギアとしてかっこいい、カラフルなものが欲しいという要望が多く聞かれました。そこで、赤と青のものを用意したのですが、選手たちには非常に好評でした。2019年からはさらに日本代表選手専用のスペシャルカラーリングも用意しています」

と語る営業本部副本部長の船本富広氏。実用性のみならずデザイン性を追求したところに、同社の“アスリート・ファースト”の思いがうかがえる。

開発に際して当初最も苦労した点は、遮光シートの“ズレ”をなくすことにあったという。

「最初は強い衝撃にも耐えて、いかに遮光シートが外れないか、ということに頭を悩ましていました。でも、ふとした時に、ある社員が気づいたんです。『フレームに遮光シートを装着するのではなく、はじめからシートが付いているものを作ったら、外れる心配はないのでは?』と。そのひと言で、一体型の構造が考案されたんです。考えてみれば単純なことかもしれませんが、スキーゴーグルでは常識とされているものからなかなか抜け出すことができなかった私たちにとっては、固定概念を覆す、非常に大きな発見でした」(山本氏) こうして、約2年をかけて開発されたアイシェードの初お披露目は、今年5月、海外チームを招致して行われた日本代表の強化試合だった。選手たちからの評価は高く、そこでのヒアリングをもとにしてさらに細かい部分を改良。海外に向けて初披露となったのは、10月のアジアパラ競技大会だった。その国際大会の舞台で、女子日本代表チームが金メダルを獲得したことは、同社にとって朗報となった。

「強豪の中国に勝って優勝したと聞いた時は、本当に嬉しかった。私たちが開発した新しいアイシェードで臨んだ大会ということで、少しはお役に立てたんじゃないかと自負しています。結果も出たことで、社員もどんどんゴールボールやアイシェードに対する親しみや愛着がわいてきました。2020年東京パラリンピックではぜひ金メダルを取ってほしいです」(山本氏)

船本副本部長によれば、世界ではゴールボール専用のアイシェードを製造・販売している企業は欧州で2社ほどあるという。しかし、“スポーツアイウェア”専門の企業としては“世界初”の試み。

1911年の創業以来『眼を保護する』製品を開発し続けてきた同社にとって、今回のゴールボール専門のアイシェード開発は、これまで積み上げきた知識と技術に、選手たちの要望を組み合わせたものといえる。そして、社員にとって新たなモチベーションを生み出しているようだ。 「ゴールボール競技にとって、アイシェードとは単なるアクセサリーではなく、必要不可欠な用具。これがなければ、競技として成立しないわけで、そんな競技における主力商品の開発に携わらせていただけているというのは、私たちにとっては大きなやりがい。そして、これまでにはなかった誇りでもあります」(山本氏)

気になるのは、今後のビジネス展開だ。国内あるいは世界的な需要はどれほど見込まれるのだろうか。

「たしかに一般のスポーツと比較すると、市場はそれほど大きくはならないかもしれません。ただ、現在は2020年に向けてゴールボールの体験会も増えていますので、少しずつ需要も増えていくと思います。また、日本代表選手が付けているのを見て、海外チームや選手個人からの問い合わせもあります。評価も高く、これから海外の顧客も増えていくでしょう」

アイシェードについて、これで“完成”にするつもりはないという山本氏。今後も、選手たちへのヒアリングを行いながら、さらなる改良を重ね、2020年、その先に向けて製品開発を続け、ビジネス展開していく考えだ。

※データは2019年1月11日時点