荒西祐大(ゆうだい)というサイドハンドの投手を初めて見たのは、彼が玉名工業高校(熊本)3年の春だ。毎年、春のセンバ…

 荒西祐大(ゆうだい)というサイドハンドの投手を初めて見たのは、彼が玉名工業高校(熊本)3年の春だ。毎年、春のセンバツを取材したあとは九州の春季大会を回っている。”春の九州”に興味があるのは、前年の秋には名前も知らなかった選手が「アッ!」と言わせるプレーを見せてくれるからだ。

 もう10年近くも前。藤崎台球場で行なわれた春の熊本県大会でのことだ。その年の熊本には、投手には本格派右腕の高野一哉(文徳高)がいて、野手にも快速強打の牧原大成(城北→ソフトバンク)など、役者が揃っていた。



昨年のアジア大会でもジャパンの一員として活躍したオリックスドラフト3位の荒西祐大

 もちろんお目当ては彼らだったのだが、そんななか”サイドハンドの本格派”と称したくなる勇ましい投手がマウンドに登場した。対戦相手は忘れたが、間違いなく強豪校だった。玉名工業という普通の公立校なら、コールドかもしれないな……と思っていたら、このサイドハンド投手がすばらしいピッチングを展開して、得点を許さないどころか、セカンドも踏ませない快投を続け、結局その強豪校を破ってしまった。

 快投を演じていたサイドハンドの投手が、荒西だった。

 ほとんどが真っすぐだった。とにかく闘志をむき出しにした全力投球。強烈な腕の振りとボディスイングのために下半身が支えられず、ボールが暴れることがあったが、強豪校相手に臆することなく堂々と投げ込む姿に共感を覚えた。

 球場のスピードガンでは、ストレートの球速はおおよそ135キロ前後。びっくりするような数字ではないが、強豪校の打者がことごとく差し込まれていた。打者の体に近いところもガンガン攻めるから、たまには死球になってしまう。「すみません!」と帽子を取ると、次の初球にまたインコースを突いた。久しぶりに”ケンカ”のできる投手に出会った思いだった。

 ストレートでなんとかなりそうな打者には、ストレート1本。クリーンアップだけは、間に変化球を挟んだが、それが横滑りの大きく曲がるスライダーで、サイドハンドの特性をフルに生かしていた。

 ツーシームのような”沈む系”のボールを1つ覚えたら、高校からプロに進める投手だろうと思いながら、こういう投手が潜んでいるからセンバツ後の”九州”は外せないと、あらためて思ったものだ。

 ある球団の九州地区担当のスカウトが、荒西についてこんな話を聞かせてくれた。

「毎年ドラフト候補に挙がりながら、結局8年かかったわけでしょ。よくドラフトの翌日の新聞に”指名漏れ”の選手の名前が出るじゃないですか。『あぁ荒西、今年も(ドラフト指名が)なかったかぁ……』と思うんですけど、反面『やっぱりなぁ……』っていうのもあったんです。獲れないことはないけど、『どうしても……』というわけでもない。好投手なんですよ。でも、決め手がなかったんです」

 そして昨年のドラフトで、26歳になった荒西はオリックスから3位指名を受けた。

 公式戦の場で、ホンダ熊本の荒西が頭角を現し始めたのは2~3年ぐらい前あたりだろうか。2016年の都市対抗の日本新薬戦で初先発すると8回途中2失点 の好投を見せ、その翌年の都市対抗でも日本製紙石巻を相手に10三振を奪って完封。続く東芝戦でも7回を3失点にまとめ、いよいよドラフト指名確実かと思われた。

「それだけに指名がなかった時は、落ち込んでたっていうのか、『社会人野球でレジェンドを目指す』みたいなことも言っていました」

 そう語ったのは、ホンダ熊本の荒西の後輩・知久将人(ちく・まさと)だ。

「それでも練習態度は変わらないし、今年は『絶対にジャパンに入るから!』って最初から言っていて、本当にジャパン入りしたんです」

 昨年の都市対抗で149キロを出して周りを驚かせた荒西は、ジャパンでも投手陣の核となる活躍を見せた。

「九州の社会人ナンバーワン投手は荒西」

 そんな高い評価がドラフト前に聞こえてきた。

「なんといっても、荒西さんはコントロールですよね」

 知久がうなった。

「僕も大学や社会人でいいピッチャーを何人も見てきましたが、あんなにえげつないコントロールを持った人、初めてですね」

 ブルペンでも圧巻の制球力を見せつけていると知久は言う。

「バッターの体近くへのコントロールは、とくにすばらしいと思います。たとえばブルペンだと、ベースラインギリギリにバッターを立たせて、キャッチャーとかぶるぐらいの位置にミットを構えさせて、そこに5球連続で決めたりするんです」

 荒西のコントロールのよさに驚くのは、ブルペンやマウンドだけじゃない。

「グラウンドに散らばったボールを集める時も、荒西さんは20mぐらい離れているカゴのなかにポンポン入れるんですよ。『次はカーブだぁ!』とか言って、変化球でも入れるんです。距離感のセンス、抜群ですね」

 今でこそ”精密機械”のような制球力を身につけた荒西だが、もともとはコントロールに苦しんでいた。とくに内角は投げるのを怖がっていたが、あることをきっかけにそれがなくなったという。知久が続ける。

「荒西さんはこう話していました。『じつは、すごくシンプルなんだ。オレはサイドハンドのせいもあって、打者の内角に投げられないと通用しないんだ。それがわかったので、徹底的に内角に投げた。ブルペンではバッターを立たせて、内角だけ 。試合でも、真っすぐは内角だけ。それぐらい極端にやっていたら、だんだんと内角に投げることが普通になって、コントロールもつくようになったんだ』と」

 今は内角だけでなく、両サイドのコントロールについても絶対の自信を持っているという。

「今日の球審はストライクゾーンが広いなと思ったら、本来はボールのはずのコースを突いてバッターを打ち取る。そこまでできるピッチャーはそういないと思います」

 ドラフト上位で指名される投手のほとんどが”スピード自慢”だが、荒西はコントロールで勝負できる”職人肌”の投手。速球派たちがプロのストライクゾーンに苦しむなか、荒西は飄々と一軍のマウンドに立っていることだろう。こういう投手こそ、本当の即戦力である。