これまで幾度となく優勝候補に挙げられながらも、箱根駅伝で結果を残せずにいた東海大。昨年も大きな期待を集めながら、総合5位に終わってしまった。しかし、そんななかでも光った走りを見せたのが、当時2年生の中島怜利(れいり)と館澤亨次(たてざ…
これまで幾度となく優勝候補に挙げられながらも、箱根駅伝で結果を残せずにいた東海大。昨年も大きな期待を集めながら、総合5位に終わってしまった。しかし、そんななかでも光った走りを見せたのが、当時2年生の中島怜利(れいり)と館澤亨次(たてざわ・りょうじ)のふたりだった。昨年の箱根駅伝終了後、『web Sportiva』で「敗れた東海大で光った6区、8区は、次こそ箱根初優勝の布石となるか」と記事を配信し、中島、館澤の好走にスポットを当てていた。そして今年の箱根で、4区を走った館澤が区間2位、6区を走った中島も区間2位の力走で、東海大の悲願の初優勝に大きく貢献した。あらためて、昨年の箱根での東海大の走りを振り返ってみたい。
(2018年1月7日配信)
※選手の学年は昨年当時のもの
昨年と同じ6区を任され、区間2位の走りを見せた東海大・中島怜利
箱根駅伝、総合5位に終わった東海大学。
出雲駅伝優勝、全日本大学駅伝2位と結果を出し、箱根は初優勝を狙えるだけのメンバーが揃っていた。だが、往路が不発に終わり、まさかの9位。トップの東洋大学とは5分40秒、2位の青山学院大学にも5分の差をつけられ、総合優勝の芽はあっけなく潰(つい)えてしまった。
両角速(もろずみ・はやし)監督も「お手上げ」の状況で、あとは復路でどのくらい巻き返せるかというところにフォーカスするしかなかった。
その復路で今後を期待させる選手がいた。
6区の中島怜利(2年)と8区の館澤亨次(2年)である。
中島と館澤はそれぞれ区間2位という走りを見せ、高い走力を示した。また、この6区、8区の要所は、青学大では小野田勇次(3年)と下田裕太(4年)が走り、必勝パターンになっていたのだが、中島と舘澤はそれと同じ存在になり得ることも証明したのである。
中島はスタート前、「とにかく流れをつくる」ことを意識したという。
「昨年は15位で流れがよくない中でのスタートだったんですが、今回も同じ感じでのスタートでした。でも、1分圏内に5チームいたので、自分がいけば、力のある選手が後ろにいる。とにかく自分がいって、いい流れを作ろうと思っていました」
中島はスタートから突っ込んだ走りを見せた。15秒差で前を行く順天堂大、22秒差の日体大の選手を追い、5.7km地点で2校をとらえた。
「実はスタートを待っている間、前の選手が『俺、登り遅いからな』っていう話をしていたんです。最初、登りが続くんで、それを走る前に聞いてラッキーだなと思っていましたね。それで前半ちょっと突っ込み過ぎたんですけど、前が見えていたので、とにかく抜いて、また違う選手を見て、抜いてという感じでした。このまま4位スタートの拓大のところまではいけるかなって思っていたので、かなり飛ばしました」
161cmの中島は坂道を転がるように下りていった。下りはほとんど力を使わないので、ラクなのだという。それだけ飛ばせるのはコースを理解しているのも大きい。5区、6区は特殊区間なだけに経験が走りにも大きく影響する。
「今回、東海大の10人のメンバーの中で唯一、自分だけが(前回と)同じ区間を走らせてもらいました。やっぱり、一度経験しているのは大きいと思います。昨年は観客の声援とかもすごくて、なんかフワフワして走っていたんですけど、今回は昨年の経験があったので誰よりも安定した走りを見せないといけないと思いました
後半もうちょい伸びたらと思いましたが、自信を持って走ることができました。5位までいく目標を達成し、流れをつくることができたので、自分の仕事はできたかなと思います」
中島の自信の源は1年間の練習量だ。夏は3週間ほど実業団の夏合宿に参加し、毎日40km以上、ときには60kmを走ったこともあった。距離を踏むことで走れる脚をつくることができ、同時に箱根対策として後半の10kmをどう走るのかを考えた。その脚作りと後半10kmの対策が今回、生きた。
「最初の順大と日体大はスッと前に追いつくことができたんですが、法政大と拓大は10kmまで、そんなに差が詰まっていなかったんです。でも10kmを過ぎて、傾斜がだんだん緩くなってきたところで差を詰めることができた。そこは夏から脚作りをしてきたことと後半の対策をやってきたおかげかなと思いました」
負けん気も強い。5000mや1万mなどトラックで結果を出し、注目を集める同期の選手を尻目に中島は「箱根しか注目を浴びるチャンスがない」と、6区1本の走りにすべてを懸けている。箱根駅伝の記者発表会では關颯人(せき はやと/2年)、鬼塚翔太(2年)、阪口竜平(りょうへい/2年)らが大勢の記者に囲まれているのを見て、「来年はこの格差を埋めて逆転してやりますよ」と闘志をむき出しにしていた。
そして、今回、中島は自らの走りで多くの人の注目を集めた。有言実行だね、と声をかけると、中島は嬉しそうに笑った。
「今回、箱根を走っている選手の多くは出雲や全日本を走っているんですが、僕は箱根1本しかないですからね。1年に1本の大きなレースですので、これに合わせられなくてどうするんだって気持ちでいます。
正直、調子がいいとか、悪いとか、関係ないですし、箱根で力を発揮できないなら、陸上をやっている意味がない。そのくらいの覚悟で自分はいます。実は当日、宿の枕が合わなくて背中が張って少し嫌な感じだったんですが、1年に1本ですからね。もう走るしかないって思っていきました」
タイムは昨年の59分56秒から58分36秒と大幅に自己記録を更新し、さらに順位を4つも上げた。単純計算はできないが来シーズン、58分前半もしくは58分を切ってくる可能性もあり、そうなると中島の6区は青学にも負けない強力な区間になる。そういう強みのある区間をいくつ作れるかで箱根初制覇が見えてくる。
「昨年は10位、今年は5位。年々よくなっていますからね。青学みたいに4回も望まないんで、1回は勝ちたい。そのためならまた(6区を)走ります」
中島は、そういうと、「また1年がんばります」と小さな笑みを浮かべた。
* * *
8区の館澤は、当日の朝まで箱根を走れるとは、本当に思っていなかったという。
「3、4日前に監督に言われてはいたんですが、正直、当日まで自分が走れると思っていなかったです。11月のセブンヒルズのレース(オランダ)がダメで、個人的にはそんなもんって感じだったんですが、周囲から見れば、15kmで失敗したというイメージが強かったと思うんです。
その後、その印象を覆すような走りができていなかったですし、12月下旬の富津合宿も調子は悪くなかったですが、他にも調子の上がっている選手がいたので……自分はないかなぁって思っていたんです」
しかし、最終的に8区の指名を受けたのは館澤だった。
1月3日の朝、区間変更されたのだが、その直後からツイッターでは館澤の目を疑うような言葉がツイートされていた。
「館澤8区!? 終わった」
「館澤かー。無理だー」
それを見た館澤は、気持ちが奮い立ったという。
「いろいろ言われて悔しかったですね。長距離、走れないみたいなイメージがあったと思うんで、絶対に見返してやるって思っていました」
ツイッターの反応でモチベーションが上がった。館澤はさまざまな言葉を飲み込んで、ロードへ飛び出していった。
館澤はスピードに特化した練習に取り組んだ東海大が生んだ成功モデルと言える。日本選手権1500mで優勝し、出雲駅伝では2区(5.8km)を区間2位の走りで優勝に貢献した。
全日本でも3区(9.5km)で区間賞の走りを見せた。春からのウエイトトレーニングで筋力が増し、体幹が安定した。見た目は長距離選手とは思えない筋肉質な体をしているが、体自体には重さを感じていないという。むしろ安定して走れるようになり、走力がついてきた。長距離が弱いと指摘されてきたが、弱いどころか、今回の箱根では今後8区(21.4km)の主役になり得るような走りを見せたのだ。
「正直、21kmはめちゃくちゃキツかったです。長距離は得意なわけではないので。でも、負けてたまるかっていう気持ちでなんとか走れました。8区を今回走ってみて、かなりの手応えを感じました。
箱根には主要区間ってあると思うんですけど、青学は下田さんが8区でしっかりと結果を出して勝利に結びつけています。すごく大事な区間になっていると思うので、来年もこの8区を狙いたいと思っていますし、ここで結果を出していきたいですね」
8区はコース的にも館澤向きだ。最初の10kmは平坦な道が続くが、15.9kmからは遊行寺の坂、原宿からの上り坂が続く。館澤は1年時、5区を走るなど上りもそれほど苦にしていない。館澤に8区を任せることができれば、来季はより攻撃的な布陣を敷くことができるのでないだろうか。少なくとも6区、8区を軸に復路で勝負できる配置が可能になれば、5位よりさらに上を目指すことは可能になる。
「今回の5位は誰が走ってもこの順位だと思います。これが今の東海大の力なので、これをしっかりと受け止めることですね。箱根はまず3位内に入ることが重要だと思います。3位内に入るというのは戦えている証拠なので、それを続けていけば優勝できると思うんです。そうして、うちが取り組んでいる”スピード”を武器に戦えることを証明したいですね」
館澤は強い決意を秘めた引き締まった表情で、そう言った。
2018年シーズンも館澤はやり方を変えないという。むしろ2017年にやってきたことをより進化させていく。
「今回の箱根で1500mも20kmもやれるということがわかったんで、今後もこの2つをやり続けていきます。ただやるのではなく、1500mでは世界を目標に、箱根では区間賞を目指して貪欲にやっていきます」
青学大の強さが目立った今回の箱根駅伝だが、勝負を決めたのは6区と7区。だが、それも8区に下田というエースが控えていたことが大きい。青学の必勝パターンは6区と8区に絶対的な存在がいて、後続を大きく引き離す展開なのだ。
今回、東海大にも6区の中島、8区の館澤という必勝コンビが誕生した。東海大の多くの選手が力を発揮できずに終わったなか、中島と館澤の走りは沈みかけたチームを救ったのだ。両角監督も「2人は昨年以上の走りをしてくれた。同じように並べられるかわからないですが、可能性としては面白い」と語っている。
中島、館澤がそれぞれ区間賞を取るような走りができれば、箱根駅伝3位内はもちろん、初優勝も視界に入ってくるだろう。
そのくらい大きな武器を敗戦のなかから東海大は手に入れたのである。