アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。 今回は2018年最後ということで、今年のスポーツシーンで甘糟さ…

 アラフォーでランニングを始めてフルマラソン完走の経験を持ち、ゴルフ、テニス、ヨガ、筋トレまで嗜む、大のスポーツ好きにして“雑食系”を自負する作家の甘糟りり子さんによる本連載。

 今回は2018年最後ということで、今年のスポーツシーンで甘糟さんが印象的だった2つの出来事について。ともに、日本のみならず世界で話題となりました。

もし自分がピッチにいたら、どう感じただろう

 今年も残りわずかとなりました。新しい年になる前に、2018年を振り返ってみようと思います。

 心に残っているスポーツシーンはいくつかありますが、特に印象に残っているのはサッカーワールドカップ(ロシア)の「日本対ポーランド戦」とテニスの「全米オープン女子決勝」でした。どちらも、勝ち負けだけに収まらず、いろいろなことを考えさせられる試合でした。

 記憶に留めている方も多いと存じますが、サッカー日本代表は6月28日の「日本対ポーランド戦」で0対1で負けたものの、無事に決勝トーナメント進出を決めました。そう、場内に大ブーンイングが巻き起こった、あの試合です。

 同時刻に別の会場ではコロンビアがセネガルを1対0でリードしていたんですよね。日本とセネガルは勝ち点も得失点も並んでいましたが、フェアプレーポイントで日本が上回っていました。残り時間は15分。このまま戦ってポーランドに追加点を入れられたら、得失点差で敗退が濃厚です。

 そこで西野朗監督が選んだのは時間稼ぎのためのパス回しでした。1点差の「負け」でもいいから、決勝トーナメントに出ることを選んだのです。選手交代でキャプテンの長谷部誠が投入され、何やらチームメイトに合図を出すと、それまで必死の形相で走り回っていた選手たちが顔を強張らせて、ゆっくりしたパスを出し合い始めました。

 ポーランドはポーランドで、もし日本に追加点を入れられて同点になるとこの大会での「勝ち」がゼロになってしまう。どちらのチームにとっても、0対1で試合が終わることは都合が良かったのです。だらだらと走りながらのゆるいパスの行き来に、怒号が沸き起こりました。

 私は生中継を見ていて、ビジネス的にこれが正解なんだろうなあと思いました。だって、W杯で優勝したいのならまずは決勝トーナメントに残らなくちゃなりませんからね。もうちょっとやる気のある演技をしてもいいのに、くらいは思いましたけれど。

 その数日後、たまたま元プロスポーツ選手の友人と食事をする機会があって(サッカー選手ではないですよ)、当然、W杯、ひいては日本対ポーランド戦の話題になりました。

 その友人曰く、あんな試合をして決勝トーナメントにいっても勝てるわけがない、次がない戦い方をしている、あれじゃあスポーツじゃない、ととにかく怒っておりました。私なりに意訳すると、目の前の勝ちにこだわれないならスポーツやっていても意味がない、ということでしょうか。一概にはいえないですが、私の知る限り、スポーツで成功している人って桁外れの負けず嫌いが多いです。ビジネス的な判断より何より、負けることが許せない、というか。

 もし仮に自分があのピッチにいた選手だったら、どう感じるんだろうなあ。くやしい気持ちと安堵の気持ちとどちらが勝るんだろうか。命運を分けたのがフェアプレーポイントというのがなんとも皮肉でした。

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セリーナの主張も重く受け止めていい

 もう1つは、9月8日にニューヨークのフラッシング・メドウ・コロナ・パークで行われた「大坂なおみ対セリーナ・ウイリアムズ戦」です。大坂なおみが見事、日本人で初めてのグランドスラムを獲った試合ですが、ここでも大きなブーイングが起こりました。

 試合は勢いのある大坂が押し気味でした。格下相手に思うようにいかないセリーナは試合途中、キレてラケットを叩きつけます。審判から警告を受けるものの、うまく軌道修正できない彼女は、再びものすごい勢いでラケットを叩きつけました。ラケットは無残な形に壊れ、今度は警告では済まずにポイントを取られてしまいます。

 ますます気が収まらなくなったセリーナは、執拗に審判に抗議をします。抗議というより、なじったといわれても仕方がないほどの悪態でした。挙句に、大会関係者がコートに出てきて、ポイントどころか罰則として1ゲームを取られ、あっけなく大坂が勝ったのでした。

 そんな経緯があったせいで、優勝セレモニーでは観客から大ブーイング。大坂は優勝スピーチで「私が勝って申し訳ない。みんなが誰を応援していたかは知っている」と涙ながらに語り、とても優勝をした(それも初めて!)選手には見えませんでした。見ているこちらも胸が痛くなりました。やっと正気を取り戻したセリーナが会場を諌めたほどです。

 こうやって書き出してみると、単にセリーナが感情のコントロールができなくなっただけ、と思われるかもしれません。確かに、彼女はこれまでも度々試合中にキレて問題を起こしています。線審に「ぶっ殺す!」的な暴言を履いて反則負けになったこともありました。テニスの反則負けなんて、この時以外見たことないです。

 しかし、大坂戦に関しての彼女の「ラケットを叩きつけたのが男子選手だったらこんなペナルティを受けていない」という主張を、もうちょっと重く受け止めてもいいのではないかと私は思います。錦織圭だってノバク・ジョコビッチだって、時々ラケットを放り投げたり叩きつけたりしています。もちろんそれ自体は非難されなくてはいけない行為ですが、女子選手に対して「より厳しく警告をしている」と思われないようにする義務が審判にはあるはずです。

 この大会では、フランスの女子選手が試合中にウエアの前後ろを間違えて着ていることに気がつき、コートでそれを直したら、規則違反に当たると警告されています。男子選手はベンチで上半身裸になって着替えるのは当たり前なのに。これが性差別になるのではと物議をかもしたばかりでした。審判側や大会側は、女子選手により行儀の良さを求めていないという意思を見せるべきではないでしょうか。

 勝ち負けというはっきりした結末のあるスポーツを通して、いろいろなこと考えた一年でした。来年はどんな試合を見られるのでしょうか。

[プロフィール]
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
神奈川県生まれ、鎌倉在住。作家。ファッション誌、女性誌、週刊誌などで執筆。アラフォーでランニングを始め、フルマラソンも完走するなど、大のスポーツ好きで、他にもゴルフ、テニス、ヨガなどを嗜む。『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』『エストロゲン』『逢えない夜を、数えてみても』のほか、ロンドンマラソンへのチャレンジを綴った『42歳の42.195km ―ロードトゥロンドン』(幻冬舎※のちに『マラソン・ウーマン』として文庫化)など、著書多数。『甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」』(ヒトサラマガジン)も連載中。河出書房新社より新著『鎌倉の家』が刊行。

<Text:甘糟りり子/Photo:Getty Images>