12月のグランプリ(GP)ファイナルで初出場初優勝を果たした紀平梨花。彼女が試合で最初にトリプルアクセルを跳べたのは2015年の全中(全国中学校スケート競技会フィギュア部門)の予選だったという。「最初は全然跳べる気がしなかったけど、練…

 12月のグランプリ(GP)ファイナルで初出場初優勝を果たした紀平梨花。彼女が試合で最初にトリプルアクセルを跳べたのは2015年の全中(全国中学校スケート競技会フィギュア部門)の予選だったという。

「最初は全然跳べる気がしなかったけど、練習を始めた時に濱田(美栄)先生が『いいんじゃない』と言ってくれたのでどんどん練習をするようになって。初めて成功してからは『跳べるからには挑戦しなきゃ』と思いました」



GPファイナル初出場で初優勝の紀平梨花

 紀平のトリプルアクセルは、跳ぶ直前に大きく構えるのではなく、滑ってきたスピードをうまく縦方向の力に変えて跳ぶ。これは、男子スケーターに近いものがある。

 紀平は2016年のジュニアGPリュブリャナ杯のフリーで、国際大会史上7人目のトリプルアクセルを決めたほか、ほかのジャンプもノーミスで本田真凜とアリーナ・ザギトワ(ロシア)を抑えて優勝している。そのシーズンはジュニアGPファイナル進出も果たしたが、全日本ジュニアは11位と惨敗した。

 ジュニア2年目の昨季は、全日本ジュニアのフリーでトリプルアクセル+3回転トーループ+2回転トーループと、単発のトリプルアクセルを跳んで優勝。全日本選手権ではSPだけではなくフリーでも3回転トーループを付けた連続ジャンプと単発の2本を決めて3位になった。

 だが、優勝を狙っていた世界ジュニアではフリーでトリプルアクセルが2本ともパンクしてシングルアクセルになり、8位に終わっていた。成功する時と失敗する時の振れ幅が大きく、その影響が「自信を持っている」ほかのジャンプにも及んでいたと言える。

 シニアに移行した今季、紀平はチャレンジャーシリーズのオンドレイネペラ杯で、SPではトリプルアクセルで転倒したものの、フリーではトリプルアクセルに3回転トーループを付けた連続ジャンプと、単発のトリプルアクセルをきれいに決めて218.16点で優勝と好スタートを切った。

 また、アイスショーでは柔らかさのある大きな動きのプログラムに挑戦して、昨季まではところどころで硬さが見えていた滑りが、しなやかで大きさを感じさせるものになっていた。

 アイスショーではリンクが狭いということもあってジャンプで転倒することもあったが、「アイスショーでは急にジャンプを跳ばなければいけないという難しさはあるけど、演技を始めた瞬間から会場の雰囲気に慣れるようにすることを学べました。トリプルアクセルをやって他の選手よりもミスが多くなっていたので、自信をなくして『自分が弱いのかな』とも思っていましたけど、何度もそういう失敗をして、アイスショーに出たことで、氷への合わせ方の確率もすごく上がってきたのだと思います」

 紀平はジュニアの頃、「もちろんトリプルアクセルを跳ぶというのが前提ですが、すべての試合をノーミスでできることが目標。それができれば4回転などのもっと新しいジャンプにも挑戦できるので。まずはすべての試合で自分が一番満足できる演技をしたい」と話していた。それはもちろん、ロシアのジュニア勢が4回転を跳び始めていることを意識した言葉でもあった。

 今シーズンのGPファイナルでの紀平の優勝は、世界の女子に大きな衝撃を与えたことは確かだ。これまでも、浅田真央がトリプルアクセルで世界を席巻して数々のタイトルを獲得したが、緻密な演技構成で3回転+3回転などを武器にするキム・ヨナ(韓国)と競り合う時期が続いた。

 浅田やエリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)など、トリプルアクセルに挑戦した選手を除けば、女子のジャンプ構成は06年ころから3回転+3回転が主流であり、その後も、ルッツやフリップのエッジ判定が厳しくなったこともあってトリプルアクセルや4回転に挑戦する選手はほとんど現れず、ジャンプは確率の高い3回転までにしてノーミスで演技することが主流になっていた。

 そのため、昨シーズンまではロシア勢がGOE(出来栄え点)加点を多くもらえるジャンプを意識した演技で上位を占め、ザギトワのように基礎点が1.1倍になる後半にジャンプを集中させるなど、完璧な演技で高得点を叩き出すようになった。

 今季はルール変更でジャンプのボーナス得点がSPは最後の1本で、フリーは最後の3本となったが、そのシーズンのGPファイナルで、紀平がトリプルアクセルを成功させて233.12点を叩き出したことは衝撃的だった。この得点は、昨季までのルールの得点を合わせても歴代3位になる。

 平昌五輪金メダルのザギトワが、今季のネーベルホルン杯で238.43点と高得点を出しているとはいえ、もしも紀平がGPファイナルフリー最初のトリプルアクセルもきれいに決めていれば、9点近く加算され、昨季までの歴代世界最高であるエフゲニア・メドベデワ(ロシア)の241.31点を超える可能性もあった。

 つまり、今の紀平にそれだけの得点能力があることで、女王ザギトワは紀平に勝つためにはこれまで以上の完璧さを求めなくてはいけないというプレッシャーにさらされることになったのだ。

 そんな状況になったからには、頂点を目指す選手たちも「トリプルアクセルは必要不可欠」という意識に変わってくる可能性が高い。さらに、ジュニアではロシアのアレクサンドラ・トゥルソワが昨季の世界ジュニアのフリーで4回転サルコウと4回転トーループを決めており、今季のジュニアGPアンバー杯では4回転ルッツと4回転トーループ2本の構成にも挑戦している。

 トゥルソワは、ジュニアGPファイナルでは4回転ルッツは成功しなかったが、4回転ルッツ+3回転トーループ、4回転ルッツ、4回転トーループの構成に挑んでいる。また同じくジュニアGPファイナルに出場したアンナ・シェルバコワ(ロシア)も国内大会では4回転ルッツ+3回転トーループを決め、4回転ルッツ2本の構成にも挑戦している。

 紀平がファイナルで「今回の演技は80%くらいで、あと20%は4回転。まだどういう時代が来るかわからないので、4回転も練習しておきたいし、どんどん先に行っておかないと大きな目標である北京五輪優勝も達成できないと思う」と4回転トーループへの挑戦を口にしたのも、ロシア勢のことを意識しているからだろう。

 ただ、ジュニアの場合はシニアになって体が変化してきた時にどうなるかという懸念があるのも確かで、このまま4回転時代が始まるかどうかはまだ不透明だ。それでも、紀平がトリプルアクセルを武器にしてシニアでタイトルを獲得したことは、女子のジャンプ高難度化時代の幕を開くものであるのは事実だ。

 そんな紀平が今、世界に脅威を与えるためにも見せなくてはいけないのは、自らのトリプルアクセルの安定度が本物であるということだろう。全日本選手権でも、紀平のトリプルアクセルに注目だ。