今でこそ、卓球はテレビやインターネットで当たり前のように見ることができますし、多くの媒体を通して、的確な情報が整理されて伝えられています。しかし、今から100年ほど昔には、卓球はようやく一般の人々に知られ始めたばかりで、ハイカラで珍しい新競…

今でこそ、卓球はテレビやインターネットで当たり前のように見ることができますし、多くの媒体を通して、的確な情報が整理されて伝えられています。

しかし、今から100年ほど昔には、卓球はようやく一般の人々に知られ始めたばかりで、ハイカラで珍しい新競技として紹介されていたのです。

当時の卓球に関する懇切丁寧な説明文を読んでいると、今までにない角度から卓球の姿を再認識することができるかもしれません。(長嶺超輝/卓球ライター)

■大正時代のラケットの持ち方 4種類



大正13年(1924年)に刊行された『卓球術』(鈴木貞雄著)


大正13年(1924年)に刊行された『卓球術』(鈴木貞雄著)は、現存する卓球解説書の中でも、最古の部類に入ります。

鈴木貞雄氏は、同年に行われた国内初の卓球全日本選手権大会で優勝した実力者です。当時の日本では、説得力を持って卓球の技術書を執筆できる稀有(けう)な方だったといえるでしょう。

まず注目すべきは、「バットの持方」の章です。ここでいう「バット」とは、ラケットの意味です。現代でこそ、バットといえば野球用具のイメージが強いですが、かつては卓球やバドミントンのラケットも「バット」と呼んでいたのです。

鈴木貞雄『卓球術』では、4種類の「バット」の持ち方を紹介しています。ここからは、卓球の黎明期において、技術の試行錯誤が繰り返されていたであろう痕跡が見えてきます。もちろん、現代では廃れてしまった持ち方もあり、かえって興味深いといえるのではないでしょうか。

ちなみに、この頃の「バット」には、ラバーがまだ貼られていなかったことを前提にお読みください。

一本掛け



一本掛け


「バット」の柄を、親指と人差し指で挟んで持つ「攻撃用」の方法であると紹介されています。ペンホルダーのラケットの持ち方の原型が、この頃すでに確立していたといえます。

ただし、一本掛けは、さらに2パターンに分かれています。柄の根元を親指と人差し指で挟む持ち方は、現代でも一般的ですが、ほかにも「柄の中央部」を挟む変則型の方法が紹介されているのです。柄の根元を挟む一本掛けよりも、柄の中央部を挟む一本掛けのほうが「防御用として敵の強球に対し『コントロールボール』を比較的容易に返す事が出来る」(同書43ページ)と解説されています。

その一方で、上達にするに従い、徐々に欠点も修正されていくことを理由に、上級者にとっては「柄の根元を持つ一本掛け」のほうが有利であると結論づけられています。

二本掛け



二本掛け


一本掛けで使う親指と人差し指に加えて、中指も「バット」に掛ける方法が二本掛けです。一本掛けと比較したとき、フォアーハンドに劣る代わりに、バックハンドには優れる持ち方として紹介されています。
さらに、鈴木氏は「二本掛の持方により上達する時は、『カッテングボール』を攻撃用として応用せらるるのみならず防御用として有効なものである」と、いわゆるカットマンに適した持ち方として二本掛けを位置づけています。

一本差し



一本差し


柄の上部を、親指の腹の部分と中指の側部とで支持して、さらに人差し指で柄を押しつけるようにして持つ方法です。鈴木氏は、防御を主体にした持ち方であると紹介していますし、さらに「バット」の裏を使える点が特徴だとしています。

たとえば、ネット際の短い送球を拾って返すのに、一本差しは有効だとされており、さらに、スマッシュのような「猛球」にも対応し、コートから数メートル離れた位置で、ボールが床に落下するギリギリのところからでも受けて返すことが可能だというのです。

しかし、一本差しによる返球は高めに浮き上がるため「常に防御の位置にのみ立たねばならぬ」(同書45ページ)と警告を発しています。その一方、一本差しで攻撃できる場面は「ただ『バックハンド』の高球のみに限られている」としているのです。

鷲掴み




五本指すべてで「バット」の柄を持つパターンです。テニスやバドミントンでのラケットの持ち方を、そのまま卓球に持ちこんだものだと考えられます。

ただし、この当時ですら「最も不利なる持ち方である。現在余り用ひられない」との注釈が加えられている点が興味深いです。

以前の記事でもご紹介したとおり、卓球はもともと、テニス愛好家たちが雨天時も室内でテニスに興じたいとの思いから誕生したスポーツです。よって、テニスのラケットの持ち方を卓球にそのまま流用するアイデアは、黎明期であればごく自然に試されるものと考えられます。

現代人の感覚では、「こんな持ち方、ありえない」と笑ってしまうユニークな持ち方に見えます。それでも、大正時代当時の卓球愛好家たちは、幾多もの試行錯誤を繰り返しながら、試合運びにおいて優位性のあるラケットの持ち方を模索してきたのでしょう。

思えば、短距離走でクラウチングスタートが開発されたり、かつては板を2枚くっつけて飛んでいたスキージャンプ競技で、V字型飛行が始まったりして以降は、記録が飛躍的に伸びたこともあります。卓球でも、誰も思いつかなかった発想に基づくラケットの「持ち方」によって、今後の世界を席巻する選手が現れないとも限りません。