「プレーオフの2試合を見て、もちろんリーグ戦もこの1週間で何試合見たかわからないですけど、3バック、4バックを併用するヴェルディに対して我々がどう戦うべきか、というものを考えた結果、確固たる答えが出なかったのが、まず事実だなと」残念なが…

「プレーオフの2試合を見て、もちろんリーグ戦もこの1週間で何試合見たかわからないですけど、3バック、4バックを併用するヴェルディに対して我々がどう戦うべきか、というものを考えた結果、確固たる答えが出なかったのが、まず事実だなと」



残念ながらヴェルディサポーターの夢は叶わなかった

 ジュビロ磐田の名波浩監督は、迷いを抱えたままこの決戦に臨んでいたことを明かした。今季の対戦がない未知なる相手チームは、二度の”下剋上”を実現した説明しがたい勢いを備えている。引き分けでも残留できるというレギュレーションが、指揮官の決断を大いに悩ませた部分もあるだろう。そしてなにより、名波監督がもっとも警戒していたのは、東京ヴェルディのスペイン人指揮官だったように思われる。

「今日のハーフタイム後の一発目の交代、ドウグラス・ヴィエイラの交代がそうなんですけど、ああいうふうに相手を見ながら選手を代えてきたりもするので、何が正解かわからなかった」

 何をしてくるのか、予測不能――。「策士」ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督の存在こそが、磐田に対する最大のプレッシャーだったのだ。

 もっとも、名波監督の警戒は杞憂に終わった。前半終了間際にPKで先制すると、試合終盤にはフリーキックで加点。シュートの数は13対2と大差がついた。J1・16位の磐田が残留を決め、J2で6位だった東京Vが涙をのんだ。J1参入プレーオフの決定戦は、両者の実力差を表した順当な結果に終わった。

 試合開始直後から、両チームには大きな力の差があったように感じられた。球際の激しさや、寄せの速さ、判断のスピードなど、個人戦術の面で明らかなレベルの差があったことは否定できない。東京Vの選手たちも、その違いを認めている。

「個人の質の高さを感じた。そういう意味では、少し後手に回ってしまったのかなと思います」(林陵平)

「個人個人の能力の差はありましたし、そのなかで自分たちの組織力であったり、2年間積み上げてきたもので勝負しようと思いましたけど、それも正直出せなかった」(井上潮音)

「このプレッシャーに慣れているかどうか。うちには慣れていない選手が何人かいたと思う」(佐藤優平)

 それでも、東京Vは個の力で劣りながらも、ロティーナ監督のもとで培ってきた組織力で対抗を試みた。攻撃でも守備でもいいポジショニングを保ち、複数の連動によって個の力を補った。

 しかし、シーズン中、あるいはプレーオフの2試合で実践できていたそのプレーが、J1チームを相手にはなかなか表現できなかった。攻撃ではハイプレスに苦しんでビルドアップがままならず、守備では相手のスピードについていけず、裏を取られる場面も目立った。

 そして何より痛かったのは、前半終了間際にPKを与えてしまったこと。この場面でも裏を取られたことが原因だったが、ただでさえディスアドバンテージがあるうえに、先制点まで奪われてしまっては、苦しくなるのは当然だった。

「ゼロで抑えることは絶対だった。プレーオフの2試合ではそれができていたけど、できなかったことで苦しくなった。与えてはいけないPKだった」(佐藤)

 後半は、東京Vのボールを持つ時間が増えたが、余裕を持った磐田の守備を崩しきるには至らず。途中から守備の人数を削り、攻撃の枚数を増やしたロティーナ監督の策も、好転に導く要素とはなり得なかった。

 そして80分にフリーキックから2点目を奪われると、「ほぼ可能性がなくなった」(ロティーナ監督)。J2の6位から這い上がってきた東京VのJ1昇格の夢は、実力上位の磐田によって、あっさりと打ち砕かれた。

 それでも、プレーオフの3試合を含め、東京Vの今季の戦いが否定されるものではないだろう。リーグ2位の41失点という堅守を武器に、2年連続でプレーオフに進出。プレーオフの1回戦では数的不利を跳ね返し大宮アルディージャに勝利を収めると、2回戦では終了間際の一撃で横浜FCを撃破した。スコアはともに1−0。強固な守備組織が崩れることはなく、”下剋上”を繰り返した。

 一方で攻撃でも、丁寧なビルドアップから相手の守備に揺さぶりをかけ、粘り強くパスをつないで得点機を探った。この磐田戦でもそのスタイルはブレることなく、たとえビハインドを負ってもパワープレーに逃げることはなかった。あくまで自らのスタイルを貫いて、J1の扉をこじ開けようとしていたのだ。

 ただし、そのスタイルが結果的に磐田の戦いを楽にさせてしまったのも事実だろう。磐田のハイプレッシャーをかいくぐれずに、危険な位置でボールを失うシーンが頻発する。

「もう少しボールを持ちたかったですが、それを出させないように相手もやってきました。そうなった時に、自分たちももっと違う手を打っていく必要があったと思います」(井上)

 実際にシーズン中の東京Vは、相手のハイプレッシャーを逆手に取り、1本のフィードからカウンターを狙う戦いも実践していた。しかし、この日はスタイルに固執するあまり、柔軟性を欠いてしまったことは否めない。そうした状況に応じた判断の質が、J1に到達できなかった原因のひとつになってしまった。

「昇格を逃してしまって残念だという気持ちはありますけど、選手たちの1年間の仕事というのには満足しています」

 そう選手を称えたロティーナ監督は、試合翌日、参謀のイバン・コーチとともに退任を発表している。

 ロティーナ監督が指揮を取った2年間は、J2での戦いを強いられてきたこの10年間で、もっともJ1に近づいた時期でもある。ポジショニングのディティールに徹底的にこだわり、リスクを極力回避しながら、ボールを大事にするサッカーを実現。就任当初は、スペインでは子どものうちに身につけているはずのことを、選手たちにイチから教えることもあったという。ロティーナ監督のもとで、東京Vはひとつのカラーを色濃くし、着実にJ1への道のりを歩んでいった。

 しかし、濃密な2年間は目標に到達できないまま終焉を迎えた。焦点は後任人事だろう。ロティーナ路線を継続するのか、イチから土台を構築するのか――。名門復活を目指す東京Vは、J1の舞台に迫りながら、その岐路に立たされることとなった。