ヨーロッパの「冬の移籍マーケット」を前にして、鹿島アントラーズでプレーする昌子源の身辺が騒がしくなってきた。リーグ・アンのトゥールーズから鹿島に正式オファーが届き、移籍を希望する昌子の意志をクラブ側も尊重する意向を示したと、日本の複数…
ヨーロッパの「冬の移籍マーケット」を前にして、鹿島アントラーズでプレーする昌子源の身辺が騒がしくなってきた。リーグ・アンのトゥールーズから鹿島に正式オファーが届き、移籍を希望する昌子の意志をクラブ側も尊重する意向を示したと、日本の複数メディアが報じているからだ。
アントラーズのACL初優勝にも貢献した昌子源がトゥールーズへ
もちろん、まだ移籍が正式発表されたわけではないが、仮に昌子のトゥールーズ入りが決定すれば、マルセイユでプレーする酒井宏樹、ストラスブールに所属する川島永嗣を含め、現在リーグ・アンでプレーする3人目の日本人選手となる。
ちなみに過去、リーグ・アンに挑戦した日本人選手を挙げると、2003年にモンペリエでプレーした廣山望を皮切りに、2004年に当時リーグ・ドゥ(2部)のル・マンに移籍して翌シーズンからリーグ・アンで足かけ7シーズンにわたって活躍した松井大輔(現・横浜FC)、2005年にフィリップ・トルシエ率いるマルセイユでプレーした中田浩二、高校卒業後の2007年からグルノーブル(当時2部)に入団してリーグ・アンを2シーズン経験した伊藤翔(現・横浜F・マリノス)、2009年から半年間レンヌでプレーした稲本潤一(現・北海道コンサドーレ札幌)らがいる。
とはいえ、他のヨーロッパの主要リーグと比べると、その数は圧倒的に少ない。1990年代から急速に増え続けた日本人選手の海外挑戦は、イタリアに始まり、ドイツ、オランダ、スペイン、イングランドなどが、その主要舞台になったからだ。
では、なぜ日本人選手がフランスのクラブに移籍するケースは増えなかったのか? そこには、いくつかの理由が考えられる。
まず、フランスのクラブ特有の選手獲得方針が挙げられるだろう。
古くから選手の育成に力を入れてきたフランスでは、フランス人のみならず世界各国から集まった優秀な若手を一流に育て上げ、彼らを資金力のあるクラブに高く売ることで、各クラブの経営が成り立っている。
最近はパリ・サンジェルマンという例外的な金満クラブも登場したが、基本的にクラブは成熟した選手を獲得することにほとんど興味を示さない。クラブと選手たちの目的は、あくまでもフランスで成功した後にビッグクラブへステップアップ移籍を果たすこと。よって即戦力補強という側面よりも、若手選手の将来性やポテンシャル重視の獲得が圧倒的に多く、そこにフランスが「ヨーロッパ随一の選手輸出大国」として君臨し続けている理由がある。
そんなリーグ・アンでは、残念ながら日本人を含めたアジア諸国の選手の市場価値はまだ低い。アフリカ諸国、もしくはアフリカ諸国にルーツを持つフランス人選手、あるいは南米諸国の選手と比較した場合、どうしても各クラブは成功例の少ないアジア系選手への投資にメリットを見出せないのだ。
そして、もうひとつの理由として考えられるのは、フランスリーグが極めてフィジカルなリーグであるという点だろう。
とりわけ1990年代以降、フランスリーグにはアフリカ諸国、もしくはアフリカ諸国にルーツを持つ選手が大半を占めるようになり、近年はサッカー自体が大きく様変わりした。テクニックからフィジカルへ――。近年のリーグ・アンでは、その傾向がより色濃く示されるようになっており、そこが日本人選手にとって高いハードルになっていることは否めない。
しかしながら、日本人選手にとってネガティブに思われるこれらの理由を逆からとらえれば、フランスで地位を確立すれば、日本人選手でも3大リーグ(スペイン、イングランド、イタリア)の主要クラブで通用するという証明書を手に入れられるため、ステップアップ移籍の扉も開かれることを意味する。
フランスでの成功は、ヨーロッパの移籍マーケットにおいてそれほど信用度が高く、実際、昌子のポジションであるセンターバックの過去の例を見ても、数えきれないほどの成功者たちがいる。
古くはローラン・ブラン、マルセル・デサイー、リリアン・テュラムといった1998年W杯優勝メンバーに始まり、最近で言えばローラン・コシールニー(アーセナル)やアディル・ラミ(マルセイユ)、現フランス代表のレギュラーに君臨するラファエル・ヴァラン(レアル・マドリード)やサミュエル・ユムティティ(バルセロナ)もその成功例だ。
また、フランス人以外でも、リヨンでブレイクしたクロアチア代表のデヤン・ロヴレン(リバプール)や、メス(現在リーグ・ドゥ)で育ったセネガル代表のカリドゥ・クリバリ(ナポリ)など、アフリカ各国の代表として活躍するセンターバックは多い。
彼らは皆、高い身体能力とテクニックに加え、フランスで高度な戦術の基礎を習得してビッグクラブへと羽ばたき、より高いレベルの選手へと飛躍を遂げた選手たちだ。そんなリーグ・アンの激戦区のポジションで日本人選手が成功したとなれば、これほど画期的なことはない。
そのためには、まずリーグ・アンのサッカーに慣れ、対応力を身につけることが最重要課題となるだろう。スピードとパワーがケタ違いのアタッカーが多いリーグ・アンにおいて、まずはデュエルで負けないことがディフェンダーの最優先事項として考えられており、それを身につけられなければレギュラーの座は遠のいてしまうからだ。
たとえば、マルセイユで確固たる地位を確立した酒井にしても、加入当初はその洗礼を浴びている。デビュー2戦目のギャンガン戦で、対峙したマルクス・ココに驚異的な突破を許して失点の原因となったわけだが、酒井はそれを教訓に、相手との間合いを変えるなどしてリーグ・アンのディフェンダーとしての対応力を身につけた。
それ以外にも、当たり負けをしないためのフィジカルをレベルアップさせること、身体の使い方や身のこなしを習得すること、そしてセンターバックだけにフランス語でのコミュニケーション力を身につけることも必要となるだろう。
とりわけ、トゥールーズは典型的な育成型クラブだけに、チームメイトはほぼフランス語しか話せない若手が多数を占める。簡単な英語でコミュニケーションを図れる国際色が豊かなクラブと違って、ドメスティックな地方クラブではフランス語の習得は必須だ。
それらを身につけられれば、フィード力を含めた技術の部分では他のライバルより上回っているため、昌子にも十分にチャンスはあるだろう。幸い、現在のトゥールーズはセンターバックの層が厚くないという事情もある。フランスU-20代表経験のある25歳のクリストファー・ジュリアンが軸となっているものの、そのパートナーとして台頭した18歳のジャン=クレア・トディボがクラブからのプロ契約オファーに合意しておらず、イタリアのクラブからの青田買いオファーに心が傾いているからだ。
もちろん、冬の移籍での加入は難しい部分が多いので、一筋縄ではないかないかもしれない。しかし、ロシアW杯で見せたパフォーマンスからすれば、昌子がトゥールーズでポジションを掴む力を秘めていることは間違いなく、だからこそリーグ・アンのクラブが日本人センターバックの獲得を本格的に検討したのだと思われる。
この移籍話がどうなるのかは神のみぞ知るだが、将来の日本代表を考えても、昌子のリーグ・アン挑戦に大きな期待をかけずにはいられない。