【連載】チームを変えるコーチの言葉~吉井理人(2) 2019年からロッテの投手コーチを務める吉井理人は、大学院で専門…

【連載】チームを変えるコーチの言葉~吉井理人(2)

 2019年からロッテの投手コーチを務める吉井理人は、大学院で専門的にコーチングを学んでいる。12年オフの日本ハム退団後、14年春から2年間、筑波大学大学院で体育学を専攻した。当時の吉井にはすでに5年間の指導者経験があったが、自らの経験に頼っていては限界があり、勉強が必要と感じていた。



日本ハム時代は多くの投手を育て、2016年に日本一を達成した吉井コーチ(写真右から2人目)

 ただ、大学院での勉強といっても座学だけではない。研究テーマによっては実技があり、学外に出ることもあり、ときには”教え子”の協力も得た。吉井がそのときを振り返る。

「僕の研究テーマで、こういうのがありました。『プロ野球選手が一軍に定着するまでに、二軍の間でどういうことを考え、どういうことをしていたか』。そこでファイターズの選手4人にお願いしてインタビューさせてもらったんですが、4人のなかに、その頃は顔見知りじゃなかった上沢(直之)がいました。

 ちょうど一軍で活躍していた時で、僕の質問に対する受け答えが、自分のことをすごく客観視していける感じがあったので、この子は放っておいてもよくなると(笑)」

 14年の上沢はまさに、二軍で入団以来2年間の下積みを経て一軍デビュー。いきなり先発で8勝を挙げて2完投、完封勝利もあった。その後は故障によるブランクもあったが、17年に復帰して18年は自身初の2ケタ勝利を挙げた。あらためて、コーチとして接した上沢はどうだったのか。

「実際によくなっていて、とくにこちらから言う必要はなかったですね。ただ、彼は研究熱心なので、入り込み過ぎて本来は要らないことをして調子を落としてしまう……という危険性はあります。

 でも、それは上手になるための選手のやり方であって、あまりにも度が過ぎると注意はしましたけども、彼の場合、見ていてもそんなに変な方向には行かない。ちゃんと考えて、自分でやりたいことを決めて実行できる、そういう性格を持っているから、これからも活躍するんじゃないかと思います」

 インタビューで感じていた通りに成長し、結果を出した上沢。一方で吉井自身、大学院での学びはコーチ業にどう生かされたのだろう。

 振り返れば、07年限りで現役を引退し、直後に日本ハム投手コーチとなった吉井は、同年の秋季キャンプに参加した後にこう語っている。「痛感したのは、かなり勉強しないといいコーチにはなれない、ということ」。その勉強の最たるものが大学院だったとすれば、学ぶ前と後で何がどう変わったのか。

「変わったというか、その前から、わりと自分のなかでコーチングの哲学は持っていたんです。それを大学院で科学的な研究に基づいたコーチングの勉強をさせてもらって、あながち間違っていなかったな、という確認ができました。やっぱり、コーチは選手の邪魔をしたらダメなんだと。あの……指導しちゃダメです」

 選手の邪魔をしたらダメ、というのは感覚的に理解できる。が、「コーチの立場で指導してはいけない」となると、その仕事の意味がわからなくなる。あくまでもイメージしてみれば、コーチ対選手は”教える、教えられる”関係ではなく、コーチは目標に向かって走る選手に伴走するようなものだろうか。

「そうですね、本当にサポートですね。とくに今、指導者のパワハラが問題になっていますけど、昔はそれである程度の成果が出たんです。でもやっぱり、長い目で見ると、それでモチベーションを保つのが選手はすごく大変なので、結果的にはダメになりますよ。アスリートファーストという言葉がありますけども、指導者は『選手が主役』じゃないとダメですね」

 吉井にとって、コーチングの哲学を表す言葉のひとつが「アスリートファースト」だ。大学院では野球だけでなく、ほかの競技の指導方法、心理学、生体力学などを学び、現在は自身のコーチングに確信を持ちつつあるそうだが、その哲学も確かなものになったのだろうか。

「ちゃんと根拠があるんだとわかりました。現役時代、自分がコーチに教えられるのが嫌だったんで、自分が嫌だと思うことは絶対に選手にしないでおこうと、そういう使命でやっていたんですけども、そのこと自体、根拠があるんだと。やっぱり、これはこれでいいんだ、と思えましたね」

 選手は教えられるのが嫌だから、コーチは指導してはいけない──。その代わりサポートするとしたら、具体的には何をするのか。

 吉井の場合、重視しているのは選手とのコミュニケーション。それもただ単に言葉を交わすのではなく、「振り返り」という作業が中心になる。

「振り返りはコーチになった当初からやっているんですが、最初は雑談みたいな感じでした。当時は自分もまだプレーヤーに近かったんで、先輩が後輩に話しているような雰囲気で。一対一のときもあれば、グループでやるときもありました。

 そのなかで選手が自分のプレーを振り返って、疑問があったとき。当時は自分が持っている答えを簡単に言ってしまうことが多かったんです。でも、それでは選手のためにならないんですね」

 コーチとしては、選手にとっての疑問、問題を自分自身で解決できる力を身に着けてもらいたい。ゆえに「振り返り」の場で先に答えを言ってしまっては意味がなく、ヒントを与える程度にしておきたい。それが当初はうまくいかないときもあったが、年々改善され、進歩もしてきたという。

「今はしゃべることが10あるとしたら、8は選手にしゃべらせて、こっちは2ぐらい。本当は、こっちがしゃべることをもっと減らしたいなと思っているんですよ。でも、どうしても選手と話しているうちに、ついつい『ああ、そうやな。それはこうであってやな』というふうに話してしまうときがあるんですよ。だから、なかなか2から1に減らないですね」

 理想は、選手から話が始まり、選手同士だけで話が進んでいくこと。そのために吉井は、コミュニケーション方法に工夫を加えている。

 たとえば大学院2年目、研究を続けながらソフトバンクの投手コーチを務めたときには、今の若い選手に合わせてLINEも使った。さらに振り返りの内容をその場限りにしないことも大事と考え、選手の発言をレコーダーで録音し、スタッフの力も借りつつ文字起こしして記録する。

 まさに、インタビューのみならず記事を書くかのようだが、それは選手のためであると同時に、そこまで実践しないとコーチとしての成長もないということなのか。

「頭の成長、考え方の進歩でしょうね。自分の責務がその場で終わっちゃうと、見逃したこと、聞き逃したことがあるかもしれないですから。それに、選手が発言した内容からいろんなことを探り出すというのは、しっかり文章で見直さないとできないし、もしかしたら、いい研究材料になるかもしれない。

 選手を研究対象として見て、ちょっと実験的になってしまうのはみんなに悪いけども、僕もまだ駆け出しのコーチなんで。勉強していかないと、よくなっていかないですからね」

つづく

(=敬称略)