11月24日、ベストアメニティスタジアム。サガン鳥栖はJ1残留を争う横浜F・マリノスとの一戦を戦っていた。1-1で迎えた78分。ストライカーを象徴する9番を背負ったフェルナンド・トーレスは、大観衆を最高の陶酔に導くゴールを決めている。…

 11月24日、ベストアメニティスタジアム。サガン鳥栖はJ1残留を争う横浜F・マリノスとの一戦を戦っていた。1-1で迎えた78分。ストライカーを象徴する9番を背負ったフェルナンド・トーレスは、大観衆を最高の陶酔に導くゴールを決めている。



サガン鳥栖のホーム最終戦、ファンの声援に応えるフェルナンド・トーレス

 センターバックとして頭角を表す高橋祐治のインターセプトから、前線の金崎夢生がパスを受け、そのボールをトーレスへ。トーレスは相手ディフェンダーに行く手を塞がれたものの、巧みなボールコーントロールによってシュートコースを作り出し、体をたたみ、右足を鋭く一閃した。その動作はしなやかで艶やかだったが、ボールの軌道も美しかった。ボールはゴールのファーサイドに導かれるように入っている。

 結局、このゴールが決勝点になった。負けたら自動降格の危険性もあった一戦。トーレスはその実力と度胸のよさを正念場で見せつけた。

 トーレスはここまでリーグ戦16試合出場で3得点目。入団以来、大きく注目された世界的ストライカーとしては決して満足のできる数字ではない。スペイン代表として欧州王者に輝き、W杯でも頂点に立った選手なのだ。

 この日も後半、決勝点を決める前にはオフサイドの判定に不満を覚え、足もとのボールをゴール裏の看板に向かってぶつけている。フラストレーションを抱えているのは明らかだった。

「いつも穏やかで落ち着いている」

 そう言われるトーレスらしくない取り乱し方だった。その胸中に迫るものは何なのか。

 試合後のミックスゾーンで、トーレスは20人近い記者たちに囲まれていた。英語の通訳を介して、質疑が続いた。ゴールを祝するのは当然だろう。しかし、そこに至る心理状態はどうだったのか。

 スペイン語で直接、質問をぶつけた。

――ゴールするまでの2、3本は、決定的シュートが完全に”当たって”いなかった。あなたのような選手でも、やはりプレッシャーを感じるものなのか?

 日本人の記者の質問に、一瞬、面食らったような表情を彼は浮かべた。日本では、シュートを外そうが入れようが、そこまで厳しい質問は浴びないのだろう。

「残留を争うというのは、自分にとって人生で最初の経験だから」

 彼は少し苦味のある笑みを洩らして言った。世界最高峰の欧州チャンピオンズリーグで優勝を争い、リーガ・エスパニョーラやプレミアリーグ、セリエAで覇権を争ったゴールゲッターの告白だ。

「このプレッシャーの感覚は、新しいものだよ。降格しないように戦うというのは、僕にとっても初めての経験なんだ」

 彼はそう言いながら、すでに余裕を取り戻していた。冷徹に物事を見極められる性格なのだろう。

「でも、そもそも全部のシュートを入れることはできないんだよ。それもフットボールの一部なのさ。(外したシュートも含めて)すべてが、チームを助けることになった重要なゴールにつながっているんだ」

 10月、鳥栖が降格圏の17位に転落すると、イタリア人のマッシモ・フィッカデンティ監督が解任され、U―18を率いていた金明輝監督に交代した。以来、4試合で3勝1引き分けと、その好転は結果に如実に表れている。

 そしてトーレス自身、いい変化の手応えを感じていた。

「確実にいい変化だったと思う。今は違った練習で、ポイントを稼ぐことができている。試合に向けた1週間、充実したトレーニングができていると言えるだろう」

 はたして、それはどのような変化なのか?

「今は攻守のバランスを探しながら、それをつかみつつある。それに、試合をコントロールすることだね。秩序をもって、攻撃できるようになっているんだ」

 一方でトーレスは課題も挙げている。

「まだ少し足りないのは、最後の仕上げとなる(敵陣での)”4分の3”でのプレーだろうね。もっと直線的に縦に行くとか、もっとプレースピードを上げるとか。そういうところだね。でも、それはこれからの練習次第できっと積み上げていけるだろう」

 トーレスはようやく、日本に慣れつつある。長旅からの時差、気候の違い、文化の違い、さらにチームの不振。注目度が高すぎて、ガードされすぎて、いびつな状態になっていたが、公開練習が増えたことなどによってそれからも解放され、真価を発揮しつつある。

「すべてはちょっとずつだよ。適応はできていると思う。焦りはない」

 そこで最後に聞いた。

――新しいプレッシャーは、乗り越えられそう?

「もちろんだ」

 12月1日、トーレスと鳥栖は、アジア王者である鹿島アントラーズとの敵地戦に挑む。引き分けでも残留は確定するが、どんな結果になるにせよ、トーレスの目覚めが待ち遠しい。本物の彼はこんなものではない。