6階級制覇王者マニー・パッキャオ(フィリピン)がアメリカのリングに帰還。そんなニュースを聞いて、ボクシングファンはどう感じただろうか。 またファイトが見られることを喜んだのか、はたまた2016年4月に発表した引退を4カ月後に撤回し、間…

 6階級制覇王者マニー・パッキャオ(フィリピン)がアメリカのリングに帰還。そんなニュースを聞いて、ボクシングファンはどう感じただろうか。

 またファイトが見られることを喜んだのか、はたまた2016年4月に発表した引退を4カ月後に撤回し、間もなく40歳になる今でもリングに固執していると落胆を憶えたか。全盛期には誰からもリスペクトされるスーパースターだったが、現在は往年のファンにとっても見方が微妙な存在になっているに違いない。

「まだボクシングができることを証明したい。マニー・パッキャオはまだ現役だ。僕のキャリアと冒険は続いているんだ」 

 11月19日にニューヨークで開かれた会見でそう語ったパッキャオは、来年の1月19日に、ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナのリングに登場することを発表した。




来年1月の防衛戦で戦うブローナー(右)と共に会見に臨んだパッキャオ(左)

 今年7月に獲得したWBA世界ウェルター級王座の初防衛戦で、相手は元4階級王者のエイドリアン・ブローナー(アメリカ)。33勝24KO3敗(1無効試合)という戦績を誇る29歳は、誰が見てもわかるボクシングセンスの高さと特異なキャラクターから、台頭期に”ネクスト・メイウェザー”と期待された選手だ。

 ブローナーは結局、予想されたほどのスターにはなれなかったが、依然として業界内での知名度は高い。過去には、強盗および暴行容疑で指名手配される中でもリングに立った”問題児”と、世界的な”善玉”パッキャオの激突。アメリカ開催ということも含め、近年のパッキャオの試合としては最大級の注目を集めるはずだ。

 スーパーフェザー級からウェルター級までの4階級を制したブローナーだが、マルコス・マイダナ(アルゼンチン)、ショーン・ポーター(アメリカ)、ミゲル・アンヘル・ガルシア(アメリカ)といった一線級のボクサーには敗れている。つまり、パッキャオがこの試合に勝てば、60勝(39KO)7敗という戦績に恥じないトップレベルの力を残していることの証明になる。ブローナー戦は、12月に「不惑」を迎えるパッキャオの実力を測る”リトマス紙的なファイト”とも言えるだろう。

 ここまで読んで、不思議に思うファンもいるかもしれない。「40歳になろうとしているパッキャオは、なぜ戦い続けているのか」と。

 1995年にプロボクサーとしてのキャリアをスタートさせたフィリピンの雄は、すでにフライ、スーパーバンタム、スーパーフェザー、ライト、ウェルター、スーパーウェルター級の6階級を制覇。また、タイトルを手にしていないフェザー級ではマルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)、スーパーライト級でもリッキー・ハットン(イギリス)という階級最強と目される選手に勝っているため、「事実上の8階級制覇王者」と呼ばれることも多い。

 その過程で多くのメガファイトの主役を務めており、文字どおり世界的なビッグネームとなった。すでにボクサーとして成し遂げられるほぼすべてを手にしており、引退後のボクシング殿堂入りも確実。フィリピンの国民的な英雄は、2010年には政治家としての活動も本格化させた。

 フィリピンの下院議員を務めた後、引退を発表した直後の2016年5月には上院議員選挙で当選。その後は、ボクサーとしてのキャリアを完全に終了させ、政治活動に専念するのかと思われていたが……。すぐに引退を撤回し、現役を続けている。

 全盛期は過ぎていても、世界トップレベルで戦える力を保っているならば、リングに立ちたくなる気持ちも理解できる。会見や試合での嬉々とした表情を見る限り、パッキャオのボクシング愛、情熱に疑いの余地はない。ただ……現在のパッキャオの最大のモチベーションは金ではないか、という見方があるのも事実だ。

 2015年のフロイド・メイウェザー(アメリカ)との”世紀の一戦”だけで、約1億5000万ドル(約168億円)の報酬を得たパッキャオは、信じがたいことに財政難にあえいでいる。彼の気前のよさ、散財癖はよく知られるところで、アメリカ国内でも多額の税金を滞納し、2016年以降はアメリカ国内での試合が難しくなったのも有名な話。IRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)との”何らかの取り決め”により、2年ぶりのラスベガス戦は可能になったが、引退を前に晩節を汚すのも時間の問題だ。

 しかし今後も声がかかる限り、大金が稼げる限り、パッキャオはリングに上がり続けるだろう。その視線の先には、再びのメガイベントが見えてきている。

「(今年9月に)メイウェザーと日本で会った時に、彼は復帰して僕と対戦したいと言ってきた。ブローナーのことは過小評価していない。まずは今回の試合。メイウェザーについて話すのはその先だ」

 11月19日の会見の際にも、ブローナー戦と同等かそれ以上に、メイウェザーとのリマッチが話題に上がっていた。実際にブローナーに勝てば、来年中にもパッキャオとメイウェザーによる”世紀の再戦”の実現が有力視されている。

 メイウェザーは、大晦日の「RIZIN」で那須川天心と戦うか否かで世間を騒がせたばかり。41歳になっても”マネー(金の亡者)”を自称する6階級王者の、「お金」と「注目度」への欲求は衰えるところを知らない。そんなメイウェザーにとって、すでに手の内を知り尽くしていて負けるリスクが少なく、手っ取り早く稼げるという点で、パッキャオ戦ほど美味しいファイトは存在しない。

「みんなが再戦を見たいと思っているはず。今度はどちらが勝者になるか予想するだけで、ファンはエキサイトしてくれるだろう。僕も100%の体調で試合に臨めるだろうからね」

 パッキャオはそう述べているが、正直、二番煎じ感は否めない。30歳前後の選手が各団体のタイトルを保持する現在のウェルター級において、共に40歳を超え、ピークをはるかに過ぎた両雄の再戦に大きな意味を見出すのは難しい。

 ただ、約5億ドル(約600億円)という興行収入を記録した第1戦の3分の1の報酬でも、両選手にとっては笑いが止まらないほどの臨時収入になる。2人の知名度を考えれば、興行的な成功は不可能ではない。結局は金が物を言うアメリカのボクシング界で、この試合が実現しないことは考えにくいのだ。

 そんなシナリオを知って、より寂しさを募らせた人もいるだろう。9年ぶりのKO勝ちで王座に返り咲いた、前戦のルーカス・マティセ(アルゼンチン)戦を最後に身を引けば、パッキャオにとって最高の花道になっていたはずだ。しかし、高額報酬の試合と散財を繰り返すパッキャオにそんな選択肢がないことを、ファンも気づいている。

 まずはブローナー。その先にメイウェザー。ブローナーに勝てば、2度目のビッグファイトもある程度は正当化されるだろう。だとすれば、パッキャオのボクサー人生はまだまだ終わらない。彼らと同じ時代を生きる私たちは、スーパースターの栄光が大きく傷つかないことを願いながら、その行く末を見守ることしかできない。