大相撲の横綱・稀勢の里が相撲人生の危機に立たされた。 横綱に昇進して11場所目となる九州場所を、白鵬、鶴竜の両横綱が休場したことで、初めて「ひとり横綱」として迎えることになった稀勢の里。相撲ファンは10場所ぶり3度目の優勝を期待したが、結…

 大相撲の横綱・稀勢の里が相撲人生の危機に立たされた。

 横綱に昇進して11場所目となる九州場所を、白鵬、鶴竜の両横綱が休場したことで、初めて「ひとり横綱」として迎えることになった稀勢の里。相撲ファンは10場所ぶり3度目の優勝を期待したが、結果は残酷だった。

 初日に小結・貴景勝に敗れると、4日目の前頭2枚目・栃煌山戦まで4連敗。大相撲が年6場所制となった1958年の以降、横綱が初日から4連敗を喫したのは初めてのこと。1931年1月場所の宮城山以来、87年ぶりとなる歴史的連敗となり、5日目に「右膝挫傷捻挫で全治1カ月」の診断書を日本相撲協会に提出して休場となった。




4連敗を喫した後、支度部屋で口を結ぶ稀勢の里

 横綱に昇進した直後の2017年春場所で、13日目の横綱・日馬富士(当時)を相手に左上腕を負傷するアクシンデントがありながら、劇的な逆転優勝を果たした。しかしその代償は大きく、続く夏場所から、横綱として史上ワーストとなる(全休も含めた)8場所連続休場を余儀なくされた。

「1度目」の進退をかけた先場所は10勝5敗で切り抜け、九州場所に向けた調整も順調にこなし、普段は寡黙な男が珍しく優勝への意欲を口にしていた。危機を脱し、完全復活の場所になると見られていたが……。一転、どん底に叩き落された。

 休場を決めた5日目の朝、稀勢の里は福岡県大野城市の田子ノ浦部屋宿舎で「応援してくださった方、ファンの方に申し訳ない」と、年に一度の九州場所が横綱不在となった事態を謝罪した。さらに、来場所での進退を問われると、「今はしっかりケガを治し、それから考えたいと思います」と短く語った。

 報道陣の前では明言しなかったが、師匠の田子ノ浦親方(元幕内・隆の鶴)には、「このままでは終われない。もう1回だけチャンスをください」と決意を伝えていたという。8場所連続休場、初日からの4連敗と、いずれも横綱として歴史に残る不名誉な記録を残したことで、来場所を待たずに引退してもおかしくない状況に追い込まれていた。しかし、稀勢の里は「もう1回」と師匠に頭を下げた。
 
 綱の重みを誰よりも自覚しているだけに、「もう1回”だけ”」という言葉には、来場所も同じような成績になれば引退も辞さない覚悟が表れている。自ら退路を断ったことで、来年の初場所は再び進退をかけた土俵になる。

 稀勢の里の父・萩原貞彦さんは、思わぬ休場となった息子についてこう語った。

「今場所の前に『優勝』と言っていましたが、デリケートなところがある人間ですからね。いろいろなことを考えて、プレッシャーを感じていたのかもしれません」

 初めての「ひとり横綱」という重圧はもちろんだが、右上手を引く相撲が少なく、親方衆から左差しに頼る相撲内容を批判されたことに対しても、「本人としても右を気にしながら相撲を取っていたのかもしれません」と、心情を思いやった。

 一方で、横綱審議委員会の北村正任委員長(毎日新聞社名誉顧問)は、「横綱の第一の条件である”強さ”が満たされない状態が長期にわたっており、これを取り戻す気力と体力を持続できるか心配している」と、復活への不安を指摘した。

 初場所が厳しい戦いになることは間違いないが、精神的に苦しい土俵は前にもあった。先代師匠の鳴戸親方(元横綱・隆の里)が急逝した、2011年の九州場所だ。

 初日の6日前、11月7日の朝稽古後に、師匠は急性呼吸不全でこの世を去った。4日後の葬儀に参列し、稽古もままならない状態で初日を迎えた稀勢の里だったが、10勝5敗と勝ち越して大関昇進を決めたのだ。

 その後も、横綱昇進までに何度も壁にはね返されながら、「相撲の美しさは、勝っても負けても正々堂々の姿勢にある」という師匠の言葉を胸に、あきらめずに真っ向勝負を貫いて大相撲の最高峰に上り詰めた。こうした過酷な経験が、今の逆境を乗り越える糧になるはずだ。

 部屋関係者によると、2度目の優勝の代償となった左上腕部のケガは、完全とは言えないものの回復しているという。九州場所を休場する原因になった右膝の捻挫も、幸い重傷ではないという。

 さらに稀勢の里自身、「体調がよかったにも関わらず、こんな成績になった理由がわからない」と漏らしているというが、大切なのは重圧に負けない精神力だ。生前、先代の鳴戸親方は、東の正横綱だけが座れる東支度部屋からの風景を、「これほどいい眺めはないですよ。萩原(稀勢の里の本名)にもこの景色を見せてやりたい」と何度も口にしていた。今の稀勢の里に必要なことは、綱を締めた男だけに許される支度部屋の景色を楽しむ”心の余裕”かもしれない。

 重要なのは、12月2日から12月22日にかけ、長崎県長崎市から茨城県土浦市までを巡って行なわれる冬巡業。初日から、あるいは途中からの参加でも、誰よりも汗と泥にまみれて稽古を重ねることができるかに尽きる。すべての関取と稽古ができる巡業で、プライドをかなぐり捨てて土俵に集中できれば、相撲人生の危機を脱し、力士生命をつなげる力になるはずだ。

 ピンチをチャンスに変える--そんな初場所を期待したい。