「全打席三振でもいい。とにかく思いっきり振ってこい!」 打席に入る前、”闘将”から授けられた…
「全打席三振でもいい。とにかく思いっきり振ってこい!」
打席に入る前、”闘将”から授けられた言葉を反芻(はんすう)する。
不振に喘いでいた枡田慎太郎(ますだ・しんたろう/前楽天)に「監督室に来い」という知らせが届いたことがあった。
恐る恐る監督室の扉を開けると、当時楽天を率いていた星野仙一氏が椅子に座っていた。開口一番「最近、どうしたんや」と言葉をかけられる。枡田なりに不調の要因、打席でのアプローチを説明したが、星野氏は”迷い”があることを見透かした。だからこそ、「思いっきり振れ」というシンプルな言葉で背中を押した。

トライアウトでは2安打を放つなど結果を残した枡田慎太郎
星野氏の激励を受けた枡田は、2012年から台頭。翌2013年には、キャリアハイとなる86試合に出場し、球団創設後初となる日本一に貢献した。得点圏打率.364を記録した勝負強い”生え抜き”の活躍は、杜の都のファンを熱くさせた。しかし、翌年からは、思うような成績が残せないシーズンが続く。
2014年は極度の打撃不振、2015年は右手の故障にも泣かされた。そして、プロ13年目となる今シーズンは33試合の出場にとどまり、戦力外通告を受けた。それでも、「可能性がある限り、現役を続けたい」と迷わずトライアウト受験を決めた。
トライアウトで野手に与えられたのは4~5打席。すべての打席で「後悔しないように思いっきり振る」と心に誓って臨んでいた。結果は4打数2安打。第2打席では乾真大(BCリーグ・富山/前巨人)から左越え二塁打を放った。
「中途半端なスイングをしたら悔いが残る。『後悔しないように、しっかり振る』と決めていました。打席に向かうときには、星野監督からかけられた『全部三振でもいい! 振ってこい!』という言葉が常に頭にあった。2つ三振をしましたけど、(第1打席で放った)センター前は手応えがありました。自分らしさは出せたと思います」
球団創設後2回目のドラフト会議で指名を受け、”勃興期”とも言える状況で入団し、球団の歴史とともに成長してきた。楽天での選手生活については、こう語った。
「入った頃は、まだ球団としても不安定な面がありましたが、育てていただいて、日本一まで経験することができた。すばらしい時間を過ごさせてもらいました」

2007年には最優秀防御率のタイトルを獲得した成瀬善久
「史上最大の下剋上」──この言葉とともに、プロ野球ファンの脳裏に刻まれているシーズンがある。
2010年、シーズン3位からCSを勝ち抜き、日本シリーズ進出を果たしたロッテ。中日との日本シリーズでは、史上初となる3位からの逆転日本一を果たした。
「3位からの戦いで、失うものはないという気持ちでやれました。日本一になれるのは、1年で1チームだけ。いい経験をさせてもらったと思っています」
そう当時を振り返ったのは成瀬善久(なるせ・よしひさ/前ヤクルト)。2007年に16勝を挙げ、先発ローテーションを掴み、エース格となった左腕は、この年も13勝11敗の成績を残し、チームを支えた。
2014年オフにFA権を行使し、ヤクルトへ移籍。3シーズンプレーしたが、挙げた勝ち星はわずかに6。「球界屈指の左腕」とまで呼ばれた実績を考慮すると物足りない数字だった。今季は一軍登板0に終わり、戦力外通告を受けた。
一度は日本一にまで上り詰め、個人としても最優秀防御率のタイトルも獲得した。”区切り”をつけてもおかしくないベテラン左腕は、何に突き動かされたのか。
「今シーズン、バッターの反応を見ていて、『真っすぐがよくなったんじゃないか』という手応えがあったんです。(フォームや調整法など)とくに何かを変えたわけじゃないんですが、下半身に乗って腕を振れるようになってきたのかな、と。やり切った感もありませんし、それがまだ続けたいと考えた一番の理由ですね」
横浜高(神奈川)時代の恩師である渡辺元智前監督、自身のフォームの礎を築き上げてくれた小倉清一郎前部長の両氏に、戦力外通告を受けたこと、トライアウト受験を考えている旨を伝えたときの言葉も後押しになった。
「報告したときに、『まだ満足してないんだろう?』と言われました。『形がどうあれ、自分が納得するまでやり切れよ』と」
わずかながらも感じられた「真っすぐ」への可能性。トライアウトで、その確信を得る。こう意気込んで臨んだが、打者3人と対峙し、2本の二塁打を浴びた。
「『しっかり真っすぐを投げられる』というところをアピールしたいと思っていたので、そこに対しては満足しています。持っているものは出せたと思うし、結果はよくなかったですが、そこを含めて受け止めたいと思う」

独立リーグでプレーすることも視野に入れていると語る西岡剛(写真中央)
2010年に巻き起こった熱狂の中心にいた男が、もうひとり会場に姿を現した。「1番・遊撃」でチームを牽引した西岡剛(にしおか・つよし/前阪神)だ。
この日は、ウォーミングアップでグラウンド入りした段階から、「ツヨシ~!」とスタンドから声援が飛んだ。キャッチボールでの1球、左右両打席で入念に、じっくりと行なうティー打撃の1スイングにも熱視線が注がれる。間違いなく、今トライアウトの”主役”だった。
それを裏付けるように、すべての打席を終えた西岡のもとには、この日一番の数の報道陣が詰めかけた。
「野球を続けたいから。トライアウトはそれにつながるチャンスなので」
参加の理由を端的に説明した西岡。続けて、現役にこだわる背景を付け加えた。
「これは野球に限らず、人生として、『選択肢があるならば、難しいほうにチャレンジする』という考え方をしてきました。ロッテからアメリカに行く時もそうでした。日本に帰ってくる時も、色々な選択肢がありましたが、一番難しい、プレッシャーがかかる、と思い阪神に決断しました。今回34歳でクビになって、トライアウト参加者で最年長。野球を続けるのか、それとも引退するのか。難しいのは、当然、野球を続ける道だと思ったので……」
結果は4打数1安打2三振。唯一記録した安打である二塁打は、日本一をともに味わった成瀬から放った。
「成瀬とはロッカーで会って、『思い切ってお互いにやるべきことをやろう』という話をしていました。今回こういう形で対戦することになって、打席からマウンドに立つ成瀬の姿を見ると、やっぱり思うものがありました」
インタビューに答えるなかで、”古巣”への思いも吐露(とろ)する場面もあった。
「自分を育ててくれた場所。2回も日本一を経験させてもらって、WBCとオリンピックにも出させてもらいました。『最後はロッテのユニフォームで引退したい』という気持ちはずっと持っています」
今後については、「野球を続けたいので」とNPB球団からのオファーがなかった場合、独立リーグも視野に入れていることを明かした。
1年でたったひとつのチームにのみ許された「日本一」という栄光。燦々と輝く称号を得たチームの主力として活躍した3人の男たち。頂点から見た景色が、”野球人”としての彼らを突き動かしている。