53勝--。この数字は、現在日本女子ツアーを主戦場としている韓国人プロゴルファーの申ジエが、韓国、アメリカ、日本、欧州などのツアーで積み重ねてきた通算優勝回数である。 安定感抜群のゴルフで、かつて世界ランキング1位の座にも就いたその強さは…

 53勝--。この数字は、現在日本女子ツアーを主戦場としている韓国人プロゴルファーの申ジエが、韓国、アメリカ、日本、欧州などのツアーで積み重ねてきた通算優勝回数である。

 安定感抜群のゴルフで、かつて世界ランキング1位の座にも就いたその強さは、30歳となった今なお健在。今季日本ツアーでも3勝を挙げて、賞金ランキング2位につけている。

 2006年~2008年まで、3年連続で韓国女子ツアーの賞金女王となった申ジエ。2008年には日本ツアーのトーナメントでも勝利を収めると、全英リコー女子オープンも制して海外メジャーの栄冠まで手にした。

 そして2009年、満を持して米女子ツアーに参戦。ツアー3勝を飾って、世界最高峰のツアーでいきなり賞金女王に輝いた。翌2010年には世界ランキングのトップに立って、米ツアーでは2013年までに通算10勝を挙げた。

 その後、2014年からは日本に戦いの場を移した。そこでも勝利を重ね、これまでに同ツアーで通算19勝を挙げている。

 地元の韓国ツアー、世界トップの米ツアーでも頂点に立ち、海外メジャーも2勝している。プロゴルファーとして、その輝かしい実績は申し分ない。だが、そんな申ジエにもひとつだけ、手が届きそうでつかめていないものがある。

 それは、日本ツアーにおける賞金女王の称号だ。

 ただ逆に言えば、日米韓3ツアーのすべてで賞金女王となった選手がいまだかつて存在しないなか、申ジエはその快挙達成に、もっとも近い選手と言える。

 そして彼女は、今シーズンの開幕前に「今年こそ、賞金女王を狙います」と公言していた。



史上初の快挙に挑んでいる申ジエ

 日本に来てからは、「楽しくゴルフができる」ことに満足していた。本格参戦した2014年以降、毎年賞金ランキングトップ5入りを果たし、それだけの結果を残すことで充実感も十分に得ていた。

 しかし今年は、「一番になる」と公言することで、自らを奮い立たせていた。メディア対応においては、いつも穏やかな口調で、感情をあまり表に出すことはないが、今季はいつになく、賞金女王にこだわっていたように思う。

 実際、シーズン序盤から鈴木愛、アン・ソンジュらと熾烈な賞金女王争いを展開してきた。そして、9月の日本女子プロ選手権コニカミノルタ杯を圧勝し、5月のワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップに続いて、国内メジャー今季2勝目を飾ると、賞金ランキングのトップに浮上。悲願達成への現実味が増し、一段と気持ちのこもったプレーを見せるようになった。

 ところが、ライバルのアン・ソンジュが猛追。高額賞金大会のNOBUTA GROUP マスターズGCレディースを制し、賞金女王争いにおいて、頭ひとつ抜け出した。

 いよいよ今季も残り2試合、賞金ランキング1位のアン・ソンジュと、同2位の申ジエとは、およそ3900万円差。申ジエが逆転女王になるには、残りの大王製紙エリエールレディスと、LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップと、2連勝するしかなくなった。

 申ジエにとっては、非常に厳しい状況にある。しかしそれでも、彼女はまだ諦めていなかった。

「チャンスがまったくないわけではありません。ここまでの成績は、私が1年間を通して作り上げた結果で、そこも大事です。残りの試合を大事にプレーすれば、賞金女王という目標は達成できると信じています」

 申ジエに日本ツアーでの賞金女王のタイトルがかかっていることは、韓国メディアも注目している。先月末、ゴルフ専門メディア『jtbc GOLF』では、申ジエのロングインタビューを特別グラビアと併せて、2回に分けて掲載した。

 グラビアを飾っているのは、日本ではあまり見られないスタイリッシュな衣装に身を包んだ申ジエの姿だった。これがまた、様になっている。

 インタビューのタイトルは、「今が一番幸せ」。そのなかで、申ジエは「日本ツアーでゴルフを始めたことで、幸せになれた」と語っている。日本のゴルフファンにとっても、うれしい言葉だろう。

 そこで、「日本ツアーを選択してよかった」と韓国メディアのインタビューで語っていましたね? と本人に話を振ると、申ジエからこんな答えが返ってきた。

「日本に来て、本当に学ぶことがたくさんありました。米ツアーにいたときは、すべてが自分中心でした。というのも、ゴルフをすることしか知らなかったんです。

 でも、日本に来てからは、ゴルフも大事ですが、もっと”人として”大事にしなければいけないものがあることを知りました。心の持ち方や、ゴルフや人に対する姿勢。また、いろんな人と出会うことで、尊敬する人たちがたくさんできました。

 ゴルフは好きだし、大事なものだけれども、自分自身がたくさん変わるきっかけを(日本ツアーが)与えてくれました。米ツアー時代を知る人からは、『日本に来て、笑顔が増えたね』って言われることも多くなりましたよ」

 日本に来るまでは、ゴルフのことだけを考えて、世界の頂点に立つことだけが使命だった。韓国ツアー、米ツアー時代は、まさしく”勝利至上主義”に凝り固まっていた。

 それが日本に来て、ゴルフが人生のすべてではないことを知った。申ジエが「今が一番幸せ」と言ったのは、そういう意味だ。

 とはいえ、勝負の世界に身を置いているからには、韓国、米ツアーのときと同様、勝つことは常に求められ、勝たなければ、この世界にとどまることはできない。

 もちろん、申ジエはそのこともよくわかっている。ただ、日本に来て、戦うことに対する価値観や物の見方が大きく変わったという。

「毎週試合があるので、楽にゴルフができている、ということはありません(笑)。(日本に来て楽しいと思えるのは)競争や勝負することに、疲れたり、しんどくなったりすることがなく、より楽しくなったという感じです。ゴルフ以外のことも知ったなかで、競争の世界に身を置くことが、自らの刺激になり、活力になっているのだと思います」

 勝負の世界を「より楽しめるようになった」と言うのだから、強いはずである。それに、今は心に余裕がある。シーズンの合間を縫って行なった韓国での取材と撮影もかなり楽しかったようだ。

「テレビや新聞、ゴルフ雑誌の取材や撮影を、昔は何本もこなしていました。今回の取材は本当に久しぶりで、衣装をいくつか着替えてのグラビア撮影はなかなか大変でしたね(笑)。でも、すごく楽しかったです。日本でも、誰か私を撮ってくれませんか? 紹介してください(笑)」

 申ジエはそう言って笑った。

 日本ツアーに本格参戦を果たした頃、将来的な目標について、彼女に聞いた。その際、彼女は「日本で長くゴルフを続けられたらいい」と語っていた。

 それは、これからも変わらないだろう。その日本における歴史も素晴らしいものになるに違いないが、彼女がその1ページに是が非でも加えたいのが、賞金女王のタイトルである。

「大事にプレーすれば(賞金女王の)チャンスはある」という申ジエが今季、奇跡を起こす可能性はゼロではない。ただ、今の彼女であれば、来年も、再来年も、賞金女王獲得のチャンスは訪れるのではないだろうか。