日本ハム退団後に受験した、2015年以来自身2度目となるトライアウトでの全打席を終えた鵜久森淳志(うぐもり・あつし…
日本ハム退団後に受験した、2015年以来自身2度目となるトライアウトでの全打席を終えた鵜久森淳志(うぐもり・あつし/前ヤクルト)を、報道陣が取り囲む。感想を述べる際にも、凛々しい表情が崩れることはない。
「カウント1-1からのスタートということもあり、”代打”で出場したつもりで初球から積極的に攻めの気持ちでいこうと決めていました。そこはできたと思います」

自身2度目のトライアウトとなった鵜久森淳志
他球団が自分を獲得するとしたら、代打での起用を念頭に置くことは間違いない。そこでの活躍をイメージさせるような打席の入り方、スイングをトライアウトでも表現したいと考えていた。
4打席に立ち、2打数無安打2四球。結果を受けたあとも、「野球である以上、ヒット、アウトの結果は出るものなので、そこは割り切りました。次の打席への切り替えであったり、シーズンから心がけていたことを変えることなくやろうと考えていましたし、そこは達成できました」と前を向いた。
この日の打撃成績から、ヤクルトに所属した3年間に話題が移ると、真っ先に述べたのが球団への感謝だった。
「ヤクルトに入って『打席に立つ喜び』をあらためて感じることができました。何というか”野球少年”に戻れたような……。そんな感覚でした。選手、イチ野球人としてはもちろん、人間的にも成長させてもらえた3年間。戦力外を伝えられてからも、周りの選手と同じようにバッティング練習をさせてもらったり、最後までサポートしていただきました。そのおかげもあって、今日を迎えられたので、本当に感謝しています」
その後いくつかの質問に回答し、報道陣の数もまばらになると、崩すことのなかった表情に幾ばくかの”柔らかさ”が宿った。
「須田(幸太・前DeNA)と対戦ができて……。それが嬉しかったですね」
同学年にあたる鵜久森と須田。ただ、2人の縁はそれだけにとどまらなかった。
済美(愛媛)が創部以来初となる甲子園出場を果たした2004年春のセンバツ。済美にとっても、鵜久森にとっても”甲子園初陣”となった1回戦、対戦相手である土浦湖北(茨城)のマウンドに立っていたのが、エースナンバーを背負った須田だった。
試合は9-0で済美が勝利。鵜久森は、4回に須田から2ランも放った。この試合で波に乗った済美は甲子園初出場初優勝を達成。センバツで2本塁打を放った鵜久森は「高校球界屈指の長距離砲」として熱視線を浴びるようになった。
高校3年時の活躍を評価され、高卒でのプロ入りを果たした鵜久森と、早稲田大、JFE東日本でのプレーを経て、2010年にドラフト1位選手としてDeNAに入団した須田。同じ”プロ野球選手”の立場になった後も、2人の運命は交錯する。
2015年に北海道日本ハムから戦力外通告を受けた鵜久森は、自身初のトライアウトを受験し、ヤクルトからオファーを得た。須田と同じセ・リーグに移籍すると、一軍の舞台での再戦が実現する。
2017年4月2日、神宮球場でのヤクルト×DeNA戦の延長10回裏、打席には一死満塁で代打起用された鵜久森、マウンドには6人目の投手として登板した須田が立つ。結末は劇的だった。鵜久森がレフトスタンドへシーズン第1号のサヨナラ満塁本塁打。代打でのサヨナラ満塁弾は、プロ野球史を見渡しても、16人しか達成していない快挙だった。
今季のイースタン最終戦でも対戦の可能性があったが、打順の巡り合わせもあり、”ニアミス”に終わった。試合後、お互い「対戦できなくて残念だった」と連絡を取り合ったが、ともに受験を決意した今回のトライアウトでも”運命のいたずら”が用意されていた。
トライアウトの対戦予定に目を通すと、須田の対戦予定者のなかに自分の名前があった。
「まさかここでも……と思いました。自分にとって甲子園で初めて対戦した投手で、当時の光景も鮮明に思い出されましたし、特別な思いがありました。自分は高卒で、須田は大学、社会人を経てのプロ入り。形はそれぞれ違いましたけど、年数を重ねて、こういった場所でまた対戦できるのは、嬉しかったですね」
全体6人目での登板を終え、一足先に球場を後にしていた須田も、こう言葉を残していた。
「昨日の時点では2番目の登板と聞いていたんですが、今日球場に来てみると順番が変更されていて。朝、鵜久森と顔を合わせたときも『運命だな』と話していたんです。トライアウトで意識していたのは、『結果よりも内容にこだわりたい』ということ。公式戦では、チーム勝利が最優先で、走者の状況はこう、ボールは低めに……と様々なことを考えながら投げていましたが、今日はとにかく思いっきり投げてみようと思って臨みました。今日の対戦は、プロに入って初めて心の底から”楽しい”と思えた勝負でした」
鵜久森は今年でプロ入り14年目のシーズンを戦い終えた。高校時代の恩師である上甲正典監督からは「プロ世界で15年は現役を続けなさい」と発破をかけられていた。天国に旅立った恩師と交わした約束まで、あと”1年”に迫っている。
「”細い”野球人生ではありましたけど、(日本ハム時代から現在まで)色々な方に支えられてここまでやることができました。(上甲監督との約束でもある)『15年続けたい』という思いは強くあります。
けれども、続けられるかは自分で決められることではありませんし、今回のトライアウトを受験して、『今日の打席が最後になっても、ここでユニフォームを脱いでも悔いはない』と言えるくらいやり切れたとも思っています」
「まずは連絡を待ちたい」と語った鵜久森。同時に、前回のトライアウト受験の際は、終了から数日で連絡が届いたこともあり、「家族のこともあるので、獲得期限を意識しながらも、そんなに長くは待てないとも思います」と話す。
前回のトライアウトで道を切り開き、「野球少年の気持ち」に立ち返るヤクルトでの3年間を得て、あらためて打席に立つ喜びを噛みしめた。待望の15年目のシーズンは到来するのか。
そして、「オファーをいただいた先で、あと1、2年は必ず現役を続けたい。そうすれば、きっと野球人生がつながっていくと思うんです」と語った”盟友”との再戦は──。
“遅咲き”のスラッガーは両方の実現を願っている。