元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2018年九州場所編現役時代は回転の速い突っ張りで、39歳まで土俵を務めた元関脇の寺尾。引退後の2004年1月、錣山部屋を創設した。以降、小結・豊真将(現・立田川親方)を育てるなど、後進の育成に尽力。現在…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2018年九州場所編

現役時代は回転の速い突っ張りで、39歳まで土俵を務めた元関脇の寺尾。引退後の2004年1月、錣山部屋を創設した。以降、小結・豊真将(現・立田川親方)を育てるなど、後進の育成に尽力。現在は、若手のホープ・阿炎(あび)らを日々鍛え上げている。かつては審判部の委員として、自らの弟子に限らず、土俵下からすべての力士たちの相撲に目を光らせてきた錣山親方。それゆえ、個々の力士の特徴や取り口、成長度や仕上がり具合などの分析にも長けている。そんな親方に、11月11日から始まった大相撲九州場所(11月場所)の見どころや優勝争いの行方、注目の力士などについて話を聞いた――。

 大相撲九州場所が始まりました。

 昨年末から今年にかけて、大相撲界はいろいろなことがありましたが、力士たちは皆、気持ちを引き締めて”一年納め”の九州場所に臨んでいます。

 同場所において一番の注目は、やはり横綱・稀勢の里ですよね。昨年の夏場所(5月場所)から途中休場を含め、8場所連続で休場していましたが、先の秋場所(9月場所)では皆勤して10勝。”復活”の兆しを見せて、ホッとされたファンの方も多かったのではないでしょうか。

 本人も、このふた桁勝利で気分をよくして、少なからず自信を得たのでしょう。10月の秋巡業、そして九州場所が始まる前の稽古を精力的にこなしていました。場所前には「目標はもちろん優勝です」と、彼にしては珍しく強気のコメントも残しています。

 ただ、こういう強気の発言は自信のなさ、つまり弱気の表れだったりもするんですよね。

 実際、先場所も10勝は挙げたものの、相撲内容を見てみると、私は「本調子にはまだまだなのかな」という感想を持ちました。たとえば、平幕の魁聖戦や千代の国戦など、なんとかしのいで、逆転で勝った相撲が多かったからです。

 そう考えると、九州場所ですぐさま優勝というのは難しいかもしれません。まずは、稀勢の里が今場所をどう乗り切るのか――その辺りをきちんと見守っていきたいですね。

 次にポイントとなるのは、関脇・御嶽梅の大関取りなるか、です。

 名古屋場所(7月場所)で初優勝を果たした御嶽海。もし秋場所で11勝を挙げれば、大関昇進となるはずでした(※直前の3場所で33勝以上が昇進の基準)。ところが、中日以降に失速して、結果は9勝。初めての大関挑戦には失敗してしまいました。

 もちろん、9勝を挙げたことで、大関取りのチャンスは今場所も続いています。数字だけなら、九州場所で11勝を挙げることができれば、基準の33勝は満たされます。

 しかしそれでは、大関昇進のアピール材料としては弱いんじゃないか、と私は見ています。あくまでも個人的な意見を言わせてもらえば、横綱、大関を倒して14勝1敗で優勝した場合は、文句なし。その成績なら、大関昇進はあっていいと思っています。

 というのも、名古屋場所の初優勝は3横綱、1大関が休場していた、というラッキーな事情がありました。その点を考慮すれば、今回の大関昇進にはそれぐらいハードルを上げてもいいのではないか、と思うわけです。



錣山親方が九州場所の優勝候補に推す豪栄道。photo by Takeda Hazuki

 今場所は、白鵬、鶴竜の2横綱が初日から休場。優勝争いの行方は? となると、私は大関・豪栄道を本命に推したいと思います。

 豪栄道は、とても力がある力士なんですよ。稽古場では無敵の強さを誇っています。でも、どうも「楽をして勝ちたい」という気持ちがあるのか、それが本場所では悪いほうに出てしまっているようです。

 豪栄道にとって大切なことは、邪念を振り払って、余計なことは考えないこと。土俵に上がったら、平常心を保って自分の相撲を取り切ること。そうすれば、2年ぶり2回目の優勝も見えてくるでしょう。

 優勝争いの2番手は、大関・栃ノ心です。

 大関に昇進した名古屋場所では足の負傷のため、途中休場。いきなりカド番となった秋場所をなんとか乗り越えました。

 ケガの具合は順調に回復しているようで、秋巡業では毎日土俵に上がって稽古をしていたと聞いています。力士というのは、ケガをすると「また、その箇所を痛めてしまうのではないか?」といった不安にかられるものですが、そうした”怖さ”も、稽古で払拭できたのではないでしょうか。今場所の躍進が期待されます。

 そして、3番手は大関・高安。この力士も力はあります。

 ただ、厳しいことを言うと「あっちが痛い」「こっちが痛い」と言いすぎなんですよね。体が痛くない力士はいないわけで、そういうのは言い訳にならないんですよ。その辺の気持ちの持っていき方が変わってくるといいのですが……。

 今の横綱、大関の中で唯一、優勝経験がないのが高安。期待と希望を込めて、彼には優勝を狙ってほしいと思っています。

 さて、九州場所では、若手力士にも注目してほしいですね。みんな、張り切っていますから。

 なかでも、貴乃花部屋から千賀ノ浦部屋に移籍した小結・貴景勝。気持ちで上位陣に負けていないところがすばらしい。相撲に”魂”を感じる力士です。

 見ていて気持ちのいい相撲を取るという点では、千代の国からも目が離せません。彼の「決して諦めない」姿勢は、全力士が真似すべきだと思っています。

 話題満載の九州場所。開催会場となる福岡国際センターの入場口では、私も入場切符を切る仕事もしています。お近くの方はぜひ会場に足を運んでいただいて、本場所ならではの迫力ある相撲を楽しんでもらいたいですね。




photo by Kai Keijiro

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。