東海大・駅伝戦記  第34回

全日本大学駅伝(前編)

 青学大のアンカー梶谷瑠哉(りゅうや/4年)が笑顔でゴールに飛び込んできた。

 すぐに、梶谷の胴上げが始まり、つづいて原晋監督が宙に舞った。

 ゴール付近から離れて待機していた東海大の選手たちは、ゴールに移動した。アンカーの湯澤舜(しゅん/4年)の姿が見えると、選手たちはホッとしたような表情を見せた。

 東洋大のエース相澤晃(3年)に26秒差まで迫られたが、なんとか粘って逃げ切った。

 全日本大学駅伝2位――。



駅伝デビューとなった東海大4区の西田壮志は、後半苦しんだがトップで襷をつないだ

 7区途中まではトップでレースを引っ張ったが、ラスト2区間で青学大に逆に2分以上もの差をつけられた。

「完敗でした」

 両角速(もろずみ・はやし)監督は試合後、そう語り、昨年に続き終盤で逆転され、タイトルを失った。東海大は、なぜ青学大の後塵を拝することになったのだろうか。

 今回の全日本大学駅伝は、50周年記念大会ということで8区を除く7区間で距離の変更があった。とりわけ大きかったのが7区だ。5.7キロ伸びて17.6キロになり、ロング区間になった。また、1区は14.6キロから唯一、10キロを切るスピード区間(9.5キロ)となり、両角監督曰く「選手の区間配置が難しくなった」レースになったのである。

 レース前、両角監督は勝負区間についてこう言っていた。

「7区の湊谷がポイントになるでしょう。ラスト2区間は、青学さんも東洋さんも強い。うちがトップに立ち、その2校にはできるだけ差をつけておきたいですね」

 レース当日の選手変更で7区に青学大はエースでキャプテンの森田歩希(ほまれ/4年)を置いてきた。東洋大は7区を山本修二(4年)に変更し、アンカーには相澤が控えている。ロング区間でのイーブン勝負になるとやや分が悪い。湊谷春紀(4年)に襷を渡すまでに、どのくらい2位以下、とくに青学大を引き離せるか。それが勝利への大きなポイントになっていた。

 その狙いどおり、レース序盤から東海大は理想のレース運びを見せた。

 1区の西川雄一朗(3年)は、出雲駅伝では集団に押し出されるような形で前に出され、自分のポジションをキープできないレース展開を強いられた。その反省を活かして、今回はスタートから中位ポジションを取り、周囲の強豪選手の様子を見ながらレースができた。9キロ過ぎに青学大の小野田勇次(4年)が前に出ても焦らず、距離を詰め、2位青学大とはわずか2秒差で2区の關颯人(せき・はやと/3年)に襷を渡した。

 關は、出雲では4区を走った。ケガが完治してから1カ月程度でコンディション不足はその走りから見ても明らかだったが、今回はしっかりと調整してきた。

「先頭で来られたらって思ったけど、ちょうど橋詰さん(青学大)を追えるいい位置だったので、ついていこうと。ただ、まだ故障明けから2カ月で最初から突っ込む練習ができていないので、まずは11キロをしっかり走り切ろうという気持ちでレースに入りました」

 關はスピードのある橋詰大慧(たいせい/4年)と並走していた。どこかでスパートをかけるだろうが、そのタイミングを読むためにチラチラと橋詰の顔を見ながら走っていた。だが、8キロを越え、9キロを越えてもその気配がない。残り2キロになり、そろそろという感じで見ると橋詰が1歩下がり、關曰く「キツそうな顔をしていた」と言う。

 9.3キロ過ぎ、關はピッチを上げ、そのままトップに立った。

「自分がちょっと前に出た時、橋詰さんが出てこられず、思ったよりも離れたので、ここが仕掛け時かなって思ったんですが、自分もキツくて完全に突き離すことができなくて……。最後、少し詰められてしまったんですけど、トップで館澤につなげたので、チームとしての流れをつくることは最低限できたかなと思います」

 關の走りは、まだ本調子ではないとは言え、今後に希望が持てる内容だった。

 今シーズン、その多くの時間をケガとの戦いに費やされ、苦しんだ。2、3月はアメリカ合宿でハードに追い込み、疲れたままシーズンに入った。そのため、6月に左くるぶし付近の疲労骨折が判明し、日本選手権を回避。

 その後も故障が続き、十分な練習ができなかった。出雲の時は走りながら声を荒げるなど、タレる前兆が見えた。だが、今回は後半苦しそうだったが我慢の走りを見せ、区間4位ながらトップで襷を館澤亨次(たてざわ・りょうじ/3年)につなげた。

「まだ、70%ぐらいの出来です。じつは出雲が終わった後、膝痛が出て、1回ポイント練習をはずしたんですが、今はもう問題はありません。これからもっと(調子が)上がってくると思います」

 昨年の箱根は、ケガ明けで「長距離はまだ難しい」という両角監督の判断で1区を三上嵩斗(しゅうと/4年)と入れ替わった。だが、今年はこのままコンディションを上げ、万全で箱根に臨めればチームはもちろん、ライバル校に与える影響も大きくなる。關は東海大のエースのひとり。これからどのくらい調子を上げられるか、大きな期待がかかる。

 3区の館澤は、気持ちをたぎらせていた。

 同じ区間を走る青学大の鈴木塁人(3年)とは、出雲で同じ2区を走った。3秒差で区間賞を失い、優勝も逃し、レース後は悔し涙を流した。その姿がテレビで放映され、それを見るたびに「恥ずかしいし、嫌でしたけど、次は絶対に借りを返す」と心に誓った。

「今回、鈴木塁人選手が同じ区間を走るとわかった時、『あぁ来たな』と思いましたね。僕は、個人的に今回のレースを出雲のリベンジマッチと位置づけていたので、全力で挑ませてもらおうと思っていました」

 襷を受けた時、青学大とは4秒差だったが、スタートから館澤は飛ばした。1キロ2分40秒台で走り、2キロを越えた時点で青学大に13秒差をつけていた。

「關から襷を受けた時は、タイム差が4秒差しかなかったんで、追いつかれたらヤバいとドキドキしていました。5キロを越えてからですかね。『20秒離れているよ』って声かけられたんですけど、突き離しての20秒差なのか、詰められての20秒差なのか分からないので、すごく怖くて……。トップで襷を受けて走るのは、こんなに怖いんだって思いました」

 館澤は、1キロを3分台に乗せなければ逃げ切れると確信して走っていた。

 出雲の時は体を十分に絞り切れておらず、走りが重かったが、この日の館澤はリズムよく、力強く走り、青学大を突き離していった。

 途中、館澤の走りを見た両角監督は、「ここまでは順調ですね」と笑みを見せた。

 館澤は鈴木にリベンジを果たし、今回距離が変更になったものの、3年連続で3区区間賞を獲得。青学大に37秒差をつけて4区、西田壮志(たけし/2年)に襷を渡した。

 4区、西田は駅伝デビューとなった。

 長距離に強く、3月の学生ハーフでは3位に入り、全日本大学駅伝前の日体大の競技会では10000mで28分58秒の自己ベストを出し、好調を維持していた。

 一方、青学大の4区は林奎介(けいすけ/4年)。今年の箱根駅伝では7区を走って区間新を出し、大会MVPに輝いた。駅伝デビューと箱根MVPではどう見ても分が悪い。だが、そんな前評判を覆す粘りの走りを西田は見せた。

「初めての駅伝ですが緊張はなかったです。むしろ楽しみでした。何も考えず、自分の走りに集中して、後半に粘るというプランでした」

 最初の1キロは2分54秒で入り、ペース的には悪くなかった。

 だが、6キロ地点で林との差が31秒になり、8キロ地点では27秒に詰まった。この時、西田の左足には違和感が起きていたという。

「大会前に左アキレス腱をちょっと痛めて。でも、走るからには痛いとか言っていられないんで、気持ちでいったんですが7キロぐらいから足が思うように動かなくなって……。沿道の人から『後ろが近づいてきているぞ』って言われて、このままじゃダメだ。ラストは動かさないといけないって思って、もう必死で走りました」

 西田は、必死に腕を振り、「抜かされてたまるか」という意地だけで走った。林に8秒ほど詰められたが、26秒の差をつけて5区の鬼塚翔太(3年)に襷を渡し、西田は自分の役割を十分に果たした。

 ここまでは東海大にとって理想的な展開だった……。

後編につづく