映画では、「ワンシーン」がその映画のアイコンになることがある。何気なくタバコを吸う老齢の俳優、土砂降りの中で佇む女優の背中など、“なんてことない”シーンが後世に残る程の傑作と讃えられることがある。もし、卓球のシーンがそうだとしたら2005年…

映画では、「ワンシーン」がその映画のアイコンになることがある。何気なくタバコを吸う老齢の俳優、土砂降りの中で佇む女優の背中など、“なんてことない”シーンが後世に残る程の傑作と讃えられることがある。もし、卓球のシーンがそうだとしたら2005年公開の『マッチポイント』には卓球のシーンは30秒も登場しない。ただ、見たものに強烈な印象を残す。異様にセクシーなのだ。「卓球を色気たっぷりに描く」という難題に挑んだ同作。少なくともRallys編集部だけはちゃんと見届けようではないか。

あらすじ

“テニスコートの詩人”と謳われていたクリスは元プロテニスプレーヤーだ。もともとプロツアーにも参加しており、一流選手にも認められる実力者であった。だが、勝負の世界に身を置き続けることは決して楽ではない。プロの世界から身を引いたクリス、現在はロンドン市内にある高級テニスクラブにコーチとして雇われている。給与もロンドンで暮らすには十分だ。これからは趣味であるオペラや芸術鑑賞をしながら悠々自適に暮らす、はずだった…。

とある日、新しい生徒がクリスの元にやってきた。ロンドンの大企業に勤めるエリートのトムだ。父親が経営者で、クロエという妹がいる。クリスとは対照的に、裕福な家庭であった。
 
その妹のクロエはクリスに一目惚れしたらしく、トムの紹介で二人は出会うわけだが、クリスも彼女の聡明でおおらかな人柄や、アートへの興味、クリスのパートナーには申し分ない人物だった。
 
そして二人は“親密”な関係になる。卓球シーンが登場するのがトムの自宅で開かれたパーティーのシーンだ。クリスがパーティー会場を訪れると、我々にとっては聞き覚えのある音が物静かな空間に響く。カコン、カコン…。そう、ラリーの音だ。
 
しかもプレーヤーは妖艶な美女。思わず見つめるクリス。トムの妹、クロエではない。「ノラ」という女性だ。あまりにも彼女は魅力的すぎた。クリスは一目惚れしてしまったのだ。
 
そしてその美女がこう挑発するのである「私に次負けるのはあなた?」と。
 
ただ、卓球専門メディアから見ると、美女のフォームは手打ち(体全体を使って打てていない)で、あまりボールにパワーが伝わっているようには思えない。加えて、彼女はドレスであり、おそらくハイヒールを履いているので、体幹も不安定だ。こんなリターンでは早田ひな(Tリーグ・日本生命レッドエルフ)の豪快なフォアドライブの餌食になってしまうに違いない。下半身の体重移動を使うこと、腰のひねりを使うこと、そしてそのパワーを効率よく伝えるためには体幹の強さは不可欠である。

そんなことを考えているうちに、映画はラブオールを迎えている。卓球部出身の筆者としてはここからが非常に気になるところだ。
 
しかし美女が放った甘すぎる無回転のサーブをクリスが安定したテニスのフォームで、しっかりと溜めをつくり強打し、得点。
 
なかなかのボールスピードだ。ここでアドバイスをかけるとすれば、上体がやや浮いていたので、姿勢を低くすること、そしてコースもストレートで良かったが、返球がある可能性が否定できないので、しっかりと次球に備えて戻りを早くすることだ。

試合後、二人は急接近する。なぜここで二人の距離が縮まったのか、ここには卓球の魅力が隠れている。 卓球のボールの初速は100kmを超えることもあり、そのボールが274cmの台を越えて相手に届くまで0.1秒を要さない。
 
加えて、対面であるのだ。
 
相手の目を、表情を、ささいな仕草を、真剣に見つめ、心情を探る。巧妙な駆け引きがここにある。
 
男女2人、卓球さえあれば、恋に落ちるのに、時間はいらないのである。 この美女・ノラはアメリカ出身で、女優を目指しているも将来に悩んでいる。クリスと同じような境遇にあることから2人は惹かれ合っていく。

ぶっちゃけて言えば、これ以降、卓球のシーンは全く登場しない。ただ、この“妖艶ラリー“がきっかけで登場人物たちの関係はどんどんややこしく、複雑になっていく。いろいろあって(ネタバレなので端折るが)女性関係に悩んだクリスは回想中にこのようなことを言っていた。
 
「ソフォクレスは言った『生まれてこないのが一番幸せだと。』罪に押しつぶされそうだ。」
 
そこで筆者は思い出した。
 

人生で運は大事だ。
運はテニスでも同じさ。
ボールがネットに当たった時、ツイている時は向こう側に落ちて、勝つ。
ツイてない時はこっち側に落ちて負ける。

 
とクリスが言ったことを。
 
この続きはぜひご自身で確かめてほしい。この言葉の意味がわかるだろう。
 
文・写真:ラリーズ編集部