夢舞台である。まさにドリームマッチである。

 ラグビーワールドカップ(RWC)の歴史を彩る両雄が、来年のその決勝の舞台となる競技場で激突した。ニュージーランド代表オールブラックス(以下、NZ)とオーストラリア代表ワラビーズ(以下、豪州)。前回2015年RWC決勝戦の再現だった。



迫力満点だったオールブラックスのハカ

 10月27日の横浜・日産スタジアムが一瞬静寂に包まれた。雲ひとつない晴れ上がった秋空の下、黒色ジャージの群れが雄叫びをあげる。戦いの前のNZの伝統の儀式「ハカ」。剥いた目で舌を出す。荒ぶる魂の踊りが、4万6千の観衆の心を揺さぶった。

 ニュージーランドをよく知る「世界のサカタ」こと坂田好弘さん(関西ラグビー協会会長)すら興奮気味だった。ラグビー殿堂にも選ばれた76歳。

「世界のラグビーファンが注目するビッグイベントが日本で開催されるなんて…。来年のワールドカップを含め、夢のようなことが起きている。これって一生に一度だよ」

 タスマン海を挟んだ隣国同士の定期戦は100年を超える。2009年以来、2度目となる日本での宿敵対決には、3つの特別な価値があった。まずは、それぞれのプライドをかけた勝負のレベルの高さである。

 ともに選手がよく動く。献身的に素早くひたむきに。ボールも生き物のようによく動いた。強じんなフィジカル、高いスキル、リズミカルなテンポ。スクラムでは合計900kg近くの固まりが低く、結束してぶつかった。

 ゲームを制圧したのは、RWC2連覇中のラグビー王国NZである。身体に沁みついた基本技、ディシプリン(規律)、そして「先を読む力」により長けていた。スティーブ・ハンセンHC(ヘッドコーチ)は満足そうだった。

「いいランニングラグビーを日本の皆さんに見てもらいたかった。いいゲームができた。観客も楽しんでくれたと思う」

 先を読む力でいえば、危機管理能力もそうである。本能ゆえか、豊富な運動量ゆえか。とくにLO(ロック)陣。開始直後、NZは豪州の怒涛(どとう)の攻めを受けた。右に振られれば、105キャップ(国代表戦出場数)の左LO、202cmのサム・ホワイトロックが猛タックルを浴びせた。

 ラックから左に回され、豪州にボールをつながれた。最後はFB(フルバック)デーン・ハイレットペティにライン際を走られ、左隅に飛び込まれた。トライかと見えた瞬間、懸命に戻ったNZの右LO、197cmのスコット・バレットが両腕を相手FBの腰に巻き込んで押し倒した。ノックオンを誘い、窮地を脱する。

 後半開始直後もそうだった。豪州に連続攻撃を浴び、LOのロブ・シモンズにゴールラインを越えられたが、黒衣の男たちはグラウンディングを許さなかった。司令塔のSO(スタンドオフ)ボーデン・バレットがボール下に左手を差し込み、SH(スクラムハーフ)のTJ・ペレナラが身体を抱えていた。

 耐える時は耐え、攻める時はトライを仕留めきる。ボールを奪回するターンオーバーは、相手の7回に対し、NZは20回を数えた。インターセプトからWTB(ウイング)のベン・スミスがトライを奪った。115キャップのキーラン・リード主将は言葉に充実感を漂わせた。

「ちゃんとゲームをコントロールできたと思います。とくに最後のほうは」

 NZの5トライのうち、インターセプト以外は、安定したスクラムを起点にしたものだった。まだ21歳、閃光のごとき鋭いランをみせたWTBリコ・イオアネ、50キャップ目、必殺のオフロードパスでボールを生かしたCTBソニー・ビル・ウィリアムズ…。個の才能を随所に輝かせながらも、チームプレーに徹するのである。これぞオールブラックス。

 残り2分でのスクラムからのWTBイオアネのトライは、SOバレットのトリッキーな”股下パス”からつないだものだった。2年連続でワールドラグビーの年間最優秀選手に選ばれているSOバレットは「準備通りのプレーができた」と笑顔だった。

「とくにセットプレー(スクラム、ラインアウト)を通してトライにつながったのがよかった。スクラムから1フェーズ(局面)、2フェーズまでは徹底的に練習している。毎試合、毎試合、どうやったらチームとしてよくなっていくのかが課題です」

 結局、37-20でライバルに快勝した。これで今年は3戦全勝、16年連続保持を決めていたブレディスロー杯に花を添えた。来年のW杯決勝の競技場での勝利の味も格別だろう。

 SOバレットは続けた。

「パフォーマンスは別にして、こういった雰囲気を味わうのはいい経験になった。スタジアムに慣れるという意味でもよかった」

“マン・オブ・ザ・マッチ”のWTBイオアネは、天然芝と人工芝のハイブリッド芝のことを聞かれ、「ベスト中のベスト」と言った。

「ピッチのおかげで、私たちが求めている速い展開のラグビーが可能になった」

リード主将はこうだ。

「時間の使い方、施設の使い方に慣れることができた。競技場もファンタスティック。来年は満員のスタンドでプレーすることを楽しみにしています」

 豪州のマイケル・フーパー主将は敗戦に気落ちしながらも、競技場についてはこう評した。

「ピッチは世界一級品だと思う」

 この試合の2つ目の価値は、ラグビーが国際ビジネスとして成功している点である。チケットの最高(カテゴリー1指定)が前売り3万円というRWCレベルであっても、全体で4万6千を超える人々が観戦した。RWC2019日本大会のオフィシャルスポンサーであるキヤノンが「冠スポンサー」として特別協賛し、テレビの地上波、衛星放送でもライブ中継された。公式プログラム、関連グッズも販売された。

 加えて、3つ目の価値が、来年のW杯に向けた大きな運営面のテストイベントだったことである。ラグビーワールドカップ2019組織委員会も大量のスタッフを研修に送り、神奈川県、横浜市の地元自治体も、会場周辺の警備や観戦客の誘導方法などをチェックした。JR新横浜駅などからの歩道にはボランティアが立ち、外国人観戦客らをサポートした。

 今後、運営面を検証していくことになるが、神奈川県の平田良徳・スポーツ局長は、この試合の収穫を挙げた。

「本番1年前に大会運営をビッグマッチで試せたことは大きい。課題を見つけ、改善していきたい。国全体で考えるとまだ盛り上がりが足りないので、ここ(横浜)から人気がもっと高まっていってほしい」

 至福の時だった。いろんな意味で開催意義のあったブレディスロー杯だった。NZ代表は11月3日、東京・味の素スタジアムで、こんどは若手主体のメンバーで日本代表と対戦する。