オレは今年4月に佐賀県神埼市長選に立候補して敗れました。だけど、「負けはスタート」なんですよ。オレの人生はいつもそうでした。



昨年10月に7度目の引退試合を行なった大仁田氏

 全日本プロレスを引退してFMWを旗揚げした時も、FMWを追放されて新日本プロレスにひとりで乗り込んだ時も、どん底に落ちてから光が見えてくることがありました。だから、市長選で負けた時も「ここからがスタートだ」と思ったんです。人生は死ぬまでが勝負。年齢も還暦を過ぎて、文字通り人生をリセットするために、自分を見つめ直す一番いい時じゃないかなって思ったんです。

 神埼に移って、いろんな人とのつながりもできましたから、落選したからといって東京に戻ることはまったく考えていませんでした。神埼にそのまま住んで、米作りをはじめ今まで経験しなかったことにもトライしています。

 そんな時、プロレスリングA-TEAMのGMを務めるHASEGAWA選手と町田達哉広報が神埼まで来て、10月28日の神奈川県鶴見青果市場大会での復帰を要請されました。話を聞くと、今年7月に岡山県で豪雨災害に遭った少年から「オレの試合が見たい」という手紙が届いたということだったんです。

 彼らはその一通の手紙から、2日間に渡って復帰を直談判してくれた。でも、去年10月に「もうこれが最後。本当に引退です」と約束して、引退セレモニーにはおふくろまで来てもらいましたからね。復帰するつもりはなかったんですが……少年の思いと、こんなオレに頭を下げてくれた2人の姿に心が揺さぶられました。

 そこで、こんな思いが頭をよぎったんですよ。16歳からプロレスの世界に入って、ジャイアント馬場さんの付き人をやって……その後もずっと、オレはプロレスから生きるパワーをもらってきたなって。

 やっぱり、プロレスが好きなんです。だったら何と言われようと、好きなプロレスを貫こうって。結果として7回目の復帰と言われますが、自分では昨年の引退で「プロレスラー」としては一線を引いたつもりだから、世界初の「ボランティアレスラー」と名乗ってリングに上がることを決断しました。だから”復帰”ではなくて、オレの中では、ボランティアレスラーとしての”デビュー戦”なんです。

 オレは、「がむしゃらに頑張れる仕事が、本当の仕事」って思うんですね。ストレスを溜めて苦しくて仕方ないなら、やめりゃぁいい。自分の人生なんだから、最終的には、他人や仕事から受けるストレスに操られるんじゃなく、自分で舵をとるもんだろ? オレは今回のことでも猛烈に批判されていますけど、人生は1回しかないから、やりたいことをやる。

 オレは、人から見ればわがままに見えると思います。だけど、ただ自由に生きているだけなんです。4月の選挙で負けた時も周りから人が離れていったけど、それを恐れていたら何もできない。負けたらリセットして精算すりゃあいい。自分の生き方、働き方に迷っている人たちに、そんなメッセージをリングから伝えたいと考えています。

 その時々の流れで引退と復帰を繰り返してきましたが、別に意識してやっているわけじゃないし、何かを企んでいるわけではないんですよ。復帰すれば、いつも半分以上は批判ですよ。でも、批判するということは関心があるということ。需要と供給の問題で、オレ以外でも、引退と復帰をする選手はいるけれど、オレばかりが目立ってしまう。困ったもんだ。

 いつも批判と中傷を浴びる。いいんですよ、それで。ブーイングもプロレスの華ですよ。常識は非常識の裏返しだから、「嫌よ嫌よも好きのうち」ですよ。

 オレは決して選ばれた人間じゃない。だからこそ、人間が持っているしぶとさを表現しようと思っています。人間にはそれぞれ役割があると思う。60歳のオレが電流爆破をやることは、何らかの勇気を与えることになるんじゃないかな。40、50代で老後に不安を抱いている人たちに、「還暦過ぎてもこんな生き方があるんだよ」って訴えたいですね。

 オレが死んだ後には、「あいつは言いたいことばかり言ってやがった」となるかもしれないね。だけど、人生は夢を追いかけ続けるほうが面白いじゃない。引退も復帰もいつも本気。「オオカミ少年」ならぬ「オオカミおじさん」と言われようと、いつも本気で辞めて本気で戻ってきてる。逆に、「大仁田ウソつき」「引退詐欺」って言われるから、必死にやることができる。10月28日の大会では、そんな”人間力”を見てほしいと思っています。

 俺は、批判も応援と勘違いして、リングに立ちますよ。