神野プロジェクト Road to 2020(19)
ベルリンマラソン編

「完璧な準備ができた」

 ベルリンマラソン前夜、神野大地はそう思っていたという。

 福岡国際マラソン、東京マラソンと続いて起きた腹痛は、ドクターによる検査などの結果、内臓脂肪が薄いために、内臓と横隔膜がすれて発生するということが要因のひとつではないかということになった。

 その予防対策としてレース直前にフルーツの缶詰などを摂取り、内臓脂肪を蓄えて走るようにした。ベルリンマラソン前は体に負担がかからないように内臓脂肪をつけられる食生活を栄養士に指導してもらい、ヘモグロビンの数値も15以上を維持していた。



満を持して挑んだベルリンマラソンだったが、まさかの途中棄権となった神野大地

 練習も故障なく終えられ、トレーナーの中野ジェームズ修一曰く「これで走れない理由はひとつもない」というほど調整は完璧だった。

「目標の2時間8分台は十分狙えるコンディションでした」

 9月19日、ベルリンマラソン、神野は自信満々でスタートラインに立った。

 スタート後、キプチョゲが走るトップ集団ではなく、後続の大きなグループに入って2時間8分台を目指した。ストライドが大きく、足の運びもスムーズになり、ケニア合宿の成果が走りからも見られた。予想タイム以上の結果を出すのではないかという期待が高まった。

 だが、31キロ付近、悪夢が起きた。

 キリキリと差し込むような痛みが腹部の真ん中に起きたのだ。まさかの事態に神野は激しく動揺した。

「戦意喪失という感じでした。腹痛が起きたショックが大きすぎて、頑張れなくなってしまったんです」

―― リタイヤするまで4キロ走っていますがその間、何を考えていたんですか。

「自分はMGC(マラソングランドチャンピオンシップへの出場権) を獲得するために2時間11分42秒というタイムを出さないといけなかったんですが、ペースが落ちてきて、そのタイムとのにらめっこになったんです。4キロを走りながらそれが100%クリアーできないとなった時、もう次だなって思いました」

―― 途中棄権という判断にスパっと切り替わった。

「正直、途中でやめるのは一生残ることですし、棄権は一度もしたことがなかったんで決断は苦しかったです。残り7キロを走ってゴールしたら違う景色が見えていたかもしれない。でも、現実はタイムが切れないし、ここで無理してしまうと次に向けての練習再開が遅れてしまう。MGCのレース(2019年9月以降開催予定)まであまり時間がないなか、ここでやめる決断をして次に向けた方がいいだろうと思ってやめました」

―― 腹痛が起きた時、「なんで、また」という気持ちにはならなかった。

「腹痛が起きて悔しかったけど、後悔はなかったので、涙は出ませんでした。じつは7月の函館マラソンでも16キロ付近で腹痛が起きていたんです。その後、ケニア合宿、オランダを経て、ベルリンマラソンのスタートラインに立った時点で誰も後悔しない完璧な対策をしてきたので今回、起きてしまったことはしょうがないと思っています」

 昨年の福岡国際マラソン以降、腹痛対策を練ってきたトレーナーの中野は相当のショックを受けていたという。無理もない。今度こそとの思いで神野をベルリンの舞台に万全の状態で立たせたのにもかかわらず、完走どころか棄権させてしまったのだ。そのショックは推して知るべきだろう。

―― 解決策は見えているのだろうか。

「これというのはまだないですね。東京マラソンでは内臓脂肪をつくらずに32キロ付近で痛みが出て、ベルリンでは内臓脂肪を作って31キロで痛みが出た。いよいよ内臓脂肪の問題はないというので、中野さんは手術も含めてやれること全部やっていこうと言っていました。僕自身も腹痛が出なきゃいい、出たらダメじゃなく、出てもそれに耐えられる精神力を磨くとか、メンタルのところも先生とコンタクトを取って、考えられることを全部やっていこうと思っています」

 ベルリンマラソンでは、ケニア人のキプチョゲが2時間1分39秒という世界新記録を出して優勝した。日本記録は10月7日、シカゴマラソンで大迫傑(すぐる)が更新した2時間5分50秒だ。世界は1分台に突入し、さらに高速になりつつある。目前で世界記録を見た神野の目に2時間1分はどう見えたのだろうか。

―― キプチョゲの記録を同じランナーとして、どう受け止めましたか。

「ケニアに行った時、みんなに『キプチョゲと(ウィルソン・)キプサング、どっちが強いの』って聞くと、100%全員キプチョゲだったんです。キプサングも強いけど、彼は仕事で忙しい。でも、キプチョゲは1年365日、24時間マラソンで勝つことを考えている。みんな、彼の結果にリスペクトしているというよりも、彼の陸上への取り組み方を尊敬しているんです。実際、今回、結果を出したので、みんなのいう通りだなって思います。今の自分には2時間1分はすごいなってしか思えないけど、すごいなって終らせてしまうと自分の進歩も終わるし、世界との差も広がっていく。自分もいつかそういうタイムに届く選手になりたいですね」

―― アフリカでなんとなく世界への手応えを感じてきたということですか。

「ケニアでは最初、みんなについていくことができなかったんですけど、最後はみんなと一緒に練習についていけるようになったので、ケニアに拠点を置けばその差は徐々に埋まっていくのかなって思います。キプサング選手など、30代後半でも世界トップレベルで活躍している選手もいて、その姿を見ていると自分たちで年齢の限界を決めているだけで、いくつになってもやろうと思えばできるってことを考えさせられました」

 神野は、そう言って笑った。

 ケニアは底知れぬ人材の宝庫で、世界に飛び出そうと第2、第3のキプチャゲが荒地を走っている。何かを掴もうとしてハングリー精神をむき出しにして人生を賭けて走るケニアのランナーたちに、自分もまだやらないといけないと思わされた。そのなかでもまれるのであれば成長は必然だ。そこに身を投じていく決意をした神野だがアフリカに行けば強くなるわけではなく、そこで何をして、どう結果にむすびつけるのか、腹痛問題、MGCの権利獲得も含め、神野にとっては息の抜けない時間がつづく――。