【大迫傑インタビュー 前編】

 日本時間10月7日に行なわれたシカゴマラソンで、大迫傑(すぐる:ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が2時間5分50秒の日本記録を樹立。今年2月の東京マラソンで設楽悠太(Honda)がマークした記録を21秒更新して、日本人初の2時間5分台に突入した。激闘を終えて日本に帰国した大迫は、日本マラソン界にとって特別なレースになったシカゴを振り返った。



シカゴマラソンで3位に入り、日本記録を樹立した大迫 photo by AP/AFLO

 スタート時の気温は13度、湿度95%、風速4m。雨上がりのコンディションは、大迫にとって「非常に走りやすい気候」だったという。昨年4月のボストン、同年12月の福岡国際と同じく白のキャップをかぶり、大迫はスタートを切った。

 ふたりのペースメーカーを含めて、トップ集団にはナイキのオレンジ色のシューズが目立つ。大迫も「ズーム ヴェイパーフライ 4% フライニット」を履いている。世界のメジャーレースを席巻している厚底シューズの最新モデルだ。

 高速コースとして知られるシカゴは久しぶりにペースメーカーが復活した。長距離界のスーパースターであるモハメド・ファラー(英国)は「61分半前後」で、前年覇者のゲーレン・ラップ(米国)は「63分前後」でハーフを通過したいと要望。その中間の62分00~62分30秒くらいでペースメーカーが引っ張ることになったという。

「調子もよかったので、(中間点が)61分30秒を切らなければ大丈夫だろうな、という話をコーチとしていました。ただ、ちょっとペースが安定しませんでしたね。ペースメーカーについていた人たちと、ちょっと間をあけて追っていく人たちがいて、けっこう頻繁に離れたり、ついたりしていましたから。僕はなるべくエネルギーを使わないようにしていましたが、(余計な)力を使った感じはありました」

 大迫の5kmごとのラップタイムを見ると、ペースのバラつきがよくわかる。最初の5kmを14分53秒で通過するも、次の5kmは15分19秒にペースダウン。10~20kmは14分55秒、14分44秒と安定したかと思いきや、20~25kmの5kmは15分28秒まで落ちている。

「集団の中で走っていましたし、前にタイム表示板があったので、それほどタイムは気にしていませんでした。ペースの上げ下げはあったんですけど、きつくなるときと、楽になるときがある。その繰り返しがあっただけで、そういうことは練習でもよくあることなので、違和感がなかったというか、普段どおりに対応できました」


帰国後、取材に対応する大迫。左はレースで履いたものと同じ

「ズーム ヴェイパーフライ 4% フライニット」(写真提供:NIKE)

 大迫は細長くなった集団の中でうまくペースをコントロールして、リラックスした走りを心がけていたという。中間点の通過は1時間3分04秒。スタート前の予定より30秒以上遅かった。

「もともとそんなにタイムは意識していませんでしたが、頭の片隅で『ゴールタイムは2時間6分半から7分ぐらいになるのかな』と思いました。前半はそんなに脚が動いていた感じがなかったんですけど、逆にそれが後半に脚を残すためにはよかったのかなと思います」

 ペースメーカーがいなくなってからレースが一気に動きだす。25~30kmの5kmは14分27秒。直前の5kmと比べて、タイムが1分以上も速くなった。30kmの通過は1時間29分43秒。トップ集団は9人で、全員がナイキのシューズを履いていた。大迫は少し遅れる場面もあったが、落ち着いて先頭グループに加わった。

「終盤は自分を励ましながら、目先の1マイル、1マイルに集中しました。前のペースがガツンと上がったときに少し遅れましたが、ゲーレンやファラーが詰めようとしたので、それを利用させてもらうなど、うまく他の選手を使って、なるべくエネルギーを消費しないように走りました」

 大迫は30~35kmの5kmを14分31秒でカバー。次の5kmも14分42秒でまとめるも、ファラーのスパートには対応できない。途中、両脇腹を押さえるシーンもあった。

「お腹が痛くなり始めていたので、肋骨を下げるじゃないですけど、少し対処した感じです。それほど鋭い痛みにはならなかったので、なんとか持ちこたえることができました。一番きつかったのは、ファラーがラスト3kmくらいで(ペースを)上げたときですね」

 終盤は小雨が降り、それまで静かにしていた風がランナーたちに向かってきた。大迫は3位争いを繰り広げながら、40kmを1時間58分59秒で通過する。このあたりからようやく”タイム”に対しての欲が出てきた。

「記録が見えてきたので、3位争いの中で勝つというよりは、タイムを意識しました。あと1マイルというところで2時間1分くらいだったので、『日本記録は狙えるぞ』と思いましたね。ただ、向かい風が強くなっていたので、少しでも気を抜くと脚をつるリスクも出てくる。身体の状態とタイムを見ながら、必死に走りました。福岡と同様、ゴール前に上り坂があって、ラストスパートとはならなかったですけど、最後までしっかりと走り切ることができたと思います」

 日本人初の2時間5分台でゴールに飛び込むと、大迫は雄叫びをあげて喜びを表現した。2時間7分19秒をマークした福岡国際と比べて、前半は18秒速く、後半はなんと1分12秒も速かった。

 後半のハーフを1時間2分46秒で走破するネガティブスプリット(レース前半のペースを抑え、後半にペースを上げる走り方)は、これまでの日本人ランナーでは考えられないパフォーマンスだ。そして、初マラソンのボストンで敗れたロンドン世界選手権金メダルのジェフリー・キルイ(ケニア)と、リオ五輪銅メダルのラップにも先着した。

「誰かに勝った、誰かを負かしたということではなく、自分がここまでできたという喜びが大きいです。大事なのはどんな状況であれ、最終的な勝負に絡むこと。順位はボストン、福岡と同じ3位でしたけど、今回は得るものが多かった。前回よりも勝負できた距離が伸びたことは次につながりますし、1億円もうれしいです(笑)」

(後編に続く)