東海大戦記 第33回 館澤亨次(たてざわ・りょうじ/3年)がタオルを握りしめ、背を向けて号泣している。中島怜利(れいり/3年)は、ベンチの一番端に座り、魂を抜かれたかのように沈んでいた。 学生3大駅伝のスタートとなる出雲駅伝、東海大学は…

東海大戦記 第33回

 館澤亨次(たてざわ・りょうじ/3年)がタオルを握りしめ、背を向けて号泣している。中島怜利(れいり/3年)は、ベンチの一番端に座り、魂を抜かれたかのように沈んでいた。

 学生3大駅伝のスタートとなる出雲駅伝、東海大学は2連覇を達成できず、3位に終わった。前評判では青学大、東洋大とともに優勝候補の一角に挙げられていたが、レースは青学大の影すら踏めず、両角速(もろずみ・はやし)監督は「完敗です」と厳しい表情を見せた。

“黄金世代”の3年生が主力で、5000m13分台の選手は青学大よりも多く、しかもスピードに強いチームがスピード駅伝と言われる出雲で、なぜ勝てなかったのだろうか――。



出雲駅伝連覇を狙った東海大だったが3位に終わった。写真はアンカーの湯澤舜

 今年の東海大の出雲駅伝のエントリーメンバーが発表された時、主力選手が故障のために出場できないことがある程度わかっていたとはいえ、その編成は衝撃的だった。

 昨年の優勝メンバー6名のうち、エントリーした選手は關颯人(せき・はやと/3年)、鬼塚翔太(3年)、館澤の3名だけ。昨年1区で区間賞の阪口竜平(3年)、5区で区間賞の走りを見せた三上嵩斗(しゅうと/4年)は故障中で走れる状態ではなく、昨年3区の松尾淳之介(3年)も外れた。

 決戦前夜、発表された区間配置のメンバーではさらに鬼塚が外れ、優勝メンバーは關と館澤だけになった。初駅伝となる西川雄一朗(3年)が1区、郡司陽大(あきひろ/3年)が5区、湯澤瞬(4年)がアンカーに起用されるなどフレッシュなメンバーに加え、箱根6区のスペシャリスト中島が3区に選出された。

 両角監督は、駅伝初出場の3人プラス、エース区間の3区を任せた中島に大きな期待を寄せた。戦略的には「前半3区までは粘って、アンカー勝負に持ち込めれば」というプランを描いていた。青学大、東洋大ともに前半の3区間にエースと主力を割き、前半勝負の選手配置をしてきたからだ。

 だが、東海大の1区の西川は初駅伝で、3区の中島は初の平地での駅伝になり、しかもエース区間だ。出雲は全体の距離が45.1キロと短いため、前半の遅れが致命的になる。ふたりとも自信はあっただろうが、実戦でどれだけやれるのか、実際に蓋を開けてみないとわからない不安もあった。

 本来であれば、ここは主力選手が入ってくる区間だが、鬼塚がメンバーから外れ、關は4区に置かれ、主要区間に配置できなかった。両角監督は、鬼塚と關のふたりについてこう語る。

「昨年から比較してふたりの成長は横ばい状態。一方、西川ら3人は右肩上がりで成長している。チームは立ち止まるのではなく、前に進むもの。そういう意味で鬼塚が外れたし、關はまだ70~80%の出来なので長い区間は難しいという判断です」

 主力選手を故障で欠き、あるいは伸び悩み、それゆえ今シーズン台頭してきた新戦力の活躍に頼らざるをえない。両角監督曰く「苦しい布陣」での戦いになったのである。

 レースはスローペースで始まった。1区の西川は、スタートから先頭に立ち、集団を引っ張っているように見えた。しかし、西川は、そうは感じていなかったという。

「もうちょっと青山や東洋の様子を見ながら走りたかったんですが、前に押し出された感じで、先頭を引っ張っているというイメージはなかったです」

 西川は2日前に1区を言い渡されたが、とくに緊張もなく、レース当日を迎えられた。だが、スタート直前になるとこれまで経験したことがないようなプレッシャーを感じた。

「それも含めて経験不足でした」

 西川はポジション争いで主導権を握れず、徐々に消耗していった。ラスト700mになって、青学大の橋詰大彗(4年)がスパートをかけたが、ついていくことができなかった。同期の東洋大の相澤晃(3年)にも置いていかれた。

「自分の5000mのベストがふたりと20秒違うんです。タイム以上、力以上の走りをしたかったんですけど、トラックの記録の差がそのまま出てしまった。チームに勢いをつける走りができなかったのが悔しいです」

 トップの青学大とは20秒差の6位通過。西川の力を考えると10秒差以内で抑えることができたはずだが、想定以上に離され、出鼻をくじかれた。

 その遅れを取り戻したのが、2区の館澤だ。

 頭を左右に振り、苦しそうに走りながらも6位から2位へと順位を上げた。アジア大会、全日本インカレで1500mを走り、調整する期間が短かったが、持ち前のタフネスぶりを発揮して意地を見せた。

 2区でレースをリセット。ここからが本当の勝負だった。

 トップを走る青学大との差は23秒差。3区、中島が青学大のエース森田歩希に喰らいついていけば、両角監督の狙いどおり「前半3区間で我慢し、アンカー勝負」に持ち込める可能性が高くなる。

 強烈な向かい風が吹くなか、中島は突っ込んでいった。しかし、なかなかペースを上げることができない。本来、馬力のある力強い走りができる中島だが、そのよさを発揮できないまま遅れていった。

 気がつけば、青学大の姿は視界から見えなくなっていた。

「3区のエース区間に起用されて、監督は期待してくれていたと思うし、自分もその期待に応えられる走りができると思っていたんですが、想像以上に向かい風が強くて……。それにうまく対応できず、結果を残せなかったのは自分の力不足。悔しいですし、チームのみんなにも申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 いつも強気な中島だが、レース後は顔色を失い、茫然自失といった感じだった。レースでドン底に叩き落されたが、ここからどう這い上がっていくのか。中島の本当の力が試されるのはここからである。

 結局、区間12位という中島らしくない走りで順位は4位に後退。トップの青学大との差は、1分14秒差に広がった。

「ここで万事休す。勝負あり、でした」

 両角監督はそう言った。

 距離が短い出雲駅伝では3区を終えて1分以上の差をつけられては勝負にならない。2連覇はほぼ絶望になってしまったのである。

 レース後、中島の3区起用について両角監督は、こう説明した。

「中島は今シーズン、5000mで13分台を2回出していますし、長い距離の練習もしてきました。早く突っ込めて距離にも不安がないのを考えると、このメンバーのなかでは中島しかいなかった。距離は湯澤も強いんですが、彼はスピードに欠けるので……。配置は間違っていなかったと思います。ただ、今日の彼が本調子ではなかったということです」

 鬼塚を使えず、關も本調子には程遠く、館澤はまだ長距離に対応できていない。控えに回った主将の湊谷春紀(4年)は長距離タイプで、高田凜太郎(3年)は駅伝未経験だ。3区のエース区間を走れる選手は中島しかおらず、選択の余地がなかったところに東海大の苦しい台所事情が見て取れた。

 そうしたチーム状況では、戦力が豊富で「出雲プロジェクト」の強力な布陣で挑んできた青学大や、昨年の箱根組を軸にベストメンバーを組んだ東洋大と互角に戦うのはそもそも難しかった。両角監督は厳しい表情でこう話した。

「青学大は選手層の厚さから隙がないと思いましたし、東洋大は粘り強さというチームカラーをしっかり打ち出した。逆にうちはスピード駅伝でありながら、スピードの強さが欠けていた。最低限3強のなかに食い込めたことはよかったですが、優勝争いすらできなかった。そういう意味では現時点での青学大との力の差はかなり大きいなと思います」

 出雲の敗因はこのレースだけにあるのではなく、この大会に至るまでの経緯、トラックシーズンから夏合宿にかけてのチームの流れにもある。

 夏合宿では、箱根に勝つために長い距離を走るなど例年よりもハードなトレーニングを課した。だが、それがうまくフィットせず、故障者も出て、結果として「夏合宿はうまくいなかった」と両角監督は述べた。

 夏合宿前にすでに故障していた選手もいたが、合宿中も故障者が出て、選手のコンディションを維持できなかった。それでも今大会に向けてかなり調子を整えてはきていたが、最終的に全員のピーキングを合わせることができなかった。「夏合宿を制した者が駅伝を制す」とよく言われているが、その意味では東海大はスタート前から躓(つまず)いていたとも言える。

 逆に、青学大はレースにピーキングをしっかりと合わせ、6人中3人が区間賞、3人が区間2位と、結果を出した。

 今後はチーム全体としての調整方法を含め、ピーキングをいかに合わせていくのか。それが東海大にとって喫緊(きっきん)の課題になる。
 
 今回の敗戦のなかでの光明は、5区の郡司と6区の湯澤が初駅伝ながら次につながる走りを見せてくれたことだ。とくに郡司は4位で襷を受け、3位の拓大とは11秒差あったが、区間3位の走りで逆転し、逆に11秒の差をつけて3位に上がった。

「本当はここで優勝して鬼塚、阪口がいなくても俺らは強いぞっていうのを見せたかったんですけどね。区間2位の青学大の生方とは3秒差。同じ栃木出身の同期なので負けたくなかったんですけど、ふたつともできなかったのは残念です。ただ、自分や湯澤さんのように故障なく、継続して練習を頑張っていれば駅伝を走れるというのを見せることができたし、順位をひとつ上げられたのはよかったです」

 郡司は初駅伝でまずまずの結果を出せたことにホッとしていた。

 湯澤も初駅伝ながら積極的な気持ちでレースを走り、”経験”という収穫を得た。

 出雲は青学大に完敗したが、両角監督の視線はすでに11月4日の全日本大学駅伝に向けられている。

「5000m13分台を多く持っているチームが前半の6区間では有利かなと思いますが、その意味では青学大も駒が豊富ですし、長い距離を走れる林(奎介/4年)くんもいる。優勝経験も豊富なので青学大が有利なのは間違いないです。

 ただ、うちはこれから状態を上げていける自信がある。鬼塚も次はいけるでしょうし、西田(壮志/2年)も入ってくる。全日本では先頭争いに食い込めるレースができると思います」

 館澤がもう少し体を絞り込み、關が復調し、鬼塚が戻ってくれば全日本は出雲のように簡単に先頭争いから脱落することはないだろう。西川、郡司、湯澤、中島ら初駅伝を終えた選手たちももっと自分の力を発揮できるはずだ。

 出雲の敗戦を糧に、果たして東海大はどのくらい巻き返せるか――。