些末なことだが、慶大の試合を見ていて以前から気になることがあった。慶大の守備の終了時、セカンドの選手がベンチに帰る際、誰もいないマウンドに駆け上がり、次に上がる相手投手のためにボールを丁寧に捏ね、プレートの砂埃を綺麗に素手で払い、マウンドの窪みに磨いたボールを置いていく。大学野球では自らのチームのイニング交代の際、ボールをマウンドの近くに転々と転がしておくだけのチームも少なくない。ましてやプレートの砂埃まで素手で払う選手などごく稀ではないか。その選手こそ、今日法大との首位攻防戦という大舞台で試合をひっくり返す大学初本塁打を放ち、一躍ヒーローとなった小原和樹(環3・盛岡三)だ。
 

以前の取材で彼は尊敬する人物に盛岡三高時代の監督である柴田護氏を挙げた。取材の中で今でも強く生きる師のことばを教えてくれた。「野球選手としてではなく、小原和樹という人として戦え」。小原はさらにこう続けた。「野球のプレーだけが試合につながるんじゃなくて、例えばきわどい打球に飛びこんだ時、私生活が良かったら神様が取れるような打球にしてくれたりというのがあると思うんです。」彼のイニング交代時の行動には、このことばが強く影響しているのかもしれない。

その高校時代には本塁打を量産。3年間で55本の本塁打を放った。しかし大学進学後は、木のバットへの対応に苦しみ神宮でのアーチ数は0だった。失礼を承知の上でそのことについて問うと「金属とは全然違いますよ。(ホームランは)諦めてます(笑)とにかく僕は塁に出て誰かが返してくれればいい。」と謙虚におどけて答えてくれた。

今シーズンは自身初の開幕スタメンの座をつかみ取るもここまで18打数で2安打と打撃は不振にあえいだ。しかし“神様”はこの誠実な小原和樹という“人”を見捨てはしなかった。1点ビハインドで迎えた5回の裏の第2打席、一死一塁。ここまで好調を維持してきた法大の新鋭が投じた内角高めの直球を振りぬいた。「強く打つ」ことを意識したという打球は、台風一過の神宮の青空へと高く舞い上がった。偶然か必然か。風に乗った白球はそのままレフトスタンドに吸い込まれていった。小原和樹の大学初本塁打は、値千金の逆転2ランとなった。ダイヤモンドを駆ける男は一度だけ、小さくこぶしを天に突き上げた。