キックボクシングは日本で生まれた格闘技であることをご存じだろうか。1966年4月、大阪で初めて興行が行なわれ、1970年代にはテレビスポーツとして一大ブームを巻き起こした。一時は民放4局がこぞって放送していたほどだ。 1990年代半ば…
キックボクシングは日本で生まれた格闘技であることをご存じだろうか。1966年4月、大阪で初めて興行が行なわれ、1970年代にはテレビスポーツとして一大ブームを巻き起こした。一時は民放4局がこぞって放送していたほどだ。
1990年代半ばにはヒジ打ちを禁止し、掴みによるヒザ蹴りを制限したキックボクシングのニューウェーブ──K-1が台頭。ヘビー級では佐竹雅昭や武蔵、70㎏級では魔裟斗や小比類巻貴之らのスター選手を生み出した。
その後低迷する時期もあったが、昨年あたりから再び脚光を浴びつつある。その立役者は先日20歳になったばかりの”神童”那須川天心(TARGET/Cygames所属)と断言しても異論を挟む者はいまい。童顔で身長165センチと決して大きくないこの男の、いったいどこが凄いのか。
15歳のプロデビューから圧倒的な強さを見せてきた那須川
答えは、試合を見ればすぐわかる。「立ち技最強」と言われているタイの国技ムエタイの現役王者を目にも止まらぬバックスピンキック(後ろ回し蹴り)で失神させたかと思えば、プロボクシングでは井岡一翔にも勝利を収めているボクシングの元世界王者をパンチで倒した。
かつて、初代タイガーマスクの試合ぶりがプロレスファンのみならず市井の人々からも注目を集めたように、那須川のそれに能書きはいらない。仮にキックのことを何も知らない人でも、ひと目見たら魅了されるだろう。那須川の技のキレ、スピード、タイミングにはそれだけの説得力がある。
しかも、とてつもなく強い。15歳でプロデビューして以来26勝全勝(20KO)と連勝街道を驀進中。2016年、2017年にはMMA(総合格闘技)にも挑戦。大谷翔平に刺激を受けたわけではないが、”二刀流ファイター”として注目を集めた。こちらも5戦全勝(キックとMMAのミックスルールを含む)と、未だ負けを知らない。
当然、各プロモーションから引く手あまた。昨年は日本最大の格闘技プロモーションRIZIN、デビュー戦をして以来主戦場としているRISE、新日本プロレスを手がけるカードゲーム会社ブシロードが運営するKNOCKOUTのリングで計9戦も闘った。ちなみに、2016 年も那須川は同じ数だけファイトしている。
リアルファイトのプロの年間平均試合数は多くても4試合と言われるだけに、驚異のハイペースで試合をしていることになる。なぜこんな離れ業ができるかといえば、オフェンス(攻撃)だけではなく、ディフェンスにも優れ、ケガが少ないからにほかならない。
2018年になってからは本業をさらに盛り上げようとキックに専念中。6月には”ムエタイの破壊神”ロッタン・ジットムアンソンと新設されたRISE世界フェザー級王座を争い、デットヒートを繰り広げた末に初代王者になった。
そのロッタン戦から3カ月、那須川は再び大一番に挑む。9月30日、さいたまスーパーアリーナで行なわれるRIZIN.13で堀口恭司とキックルールで闘うことになったのだ。
現在のRIZINでは、MMAとキックボクシングが平行してマッチメークされている。那須川が「キックの横綱」ならば、堀口は「MMAの横綱」といっても過言ではあるまい。それもそのはず。堀口は世界最大のMMAプロモーション「UFC」でも活躍した選手で、RIZINにUターン参戦後は7勝全勝という破竹の快進撃を続けている。
そもそも当初は、9月30日大会でスタートする予定だったキックルールのトーナメントに、那須川も堀口も参戦する予定だった。今年12月31日に開催予定だったトーナメント決勝で那須川と堀口が顔を合わせたらベスト。そんなふうに主催者側が算盤を弾けば、ファンも大晦日の頂上対決を期待した。
しかし、その後もろもろの事情でマッチメークは二転三転。結局、今大会でいきなりふたりのドリームワンマッチが実現することになった。内心穏やかではないのではと思いきや、那須川は逆に歓迎していた。
「自分は堀口さんとワンマッチで闘うのもいいかなと思っていました。1回キックルールで闘った堀口さんと闘うのと、その経験がない堀口さんと闘うのを比較したら、後者の方が幻想が広がる」
MMAではKO率が高い堀口が、キックルールで闘ったらどうなるのか。前例がないだけに、ファンの想像は膨らむ。
堀口とのビッグマッチについて語る那須川
堀口の持ち味は、遠い間合いからいきなり相手の懐にドーンと入り込むステップだ。それは、彼の格闘技のベースとなる伝統派空手のそれを応用したものと言われている。「そのステップを警戒するのか」と聞くと、決戦を目前に控えた那須川は「ほぼほぼ、大丈夫」と微笑を浮かべた。
「堀口さんのようなタイプと闘ったことはないけど、(その対策を講じるために)今は伝統派空手の現役王者と練習しています」
そう語ると、那須川は自身のスマホに入っている練習映像を見せてくれた。
「現役王者の方は堀口選手より動きが速いし、その動きを経験することで『ここは安全』『ここは危ない』という見極めができる。案の定、その空手家の方との練習後、堀口選手の試合映像を見たら安心しました。ただ、(相手の)入り込みだけは気をつけたい」
堀口独特のステップだけが問題というわけではない。パンチやキックだけではなく、投げ技や寝技もあるMMAは全身を鍛える必要があるため、えてしてMMAファイターは体幹が強い。今回の契約体重は58キロ。RIZINでは60キロ~61キロで闘う堀口はさらに体重を下げ、反対に、最近は57キロ~58キロで闘う那須川は体重を上げる格好だ。
計量は前日なので、試合当日には堀口の方がやや体は大きくなっていることが予想される。当然、コンタクトしたときの当たりは堀口のほうが強いだろう。しかし那須川は、その部分もしっかりと把握している。
「(ルール上)組みからの攻撃はそのつど1回だけなんですけど、しっかりヒザを打ったり、組み負けないようにしないといけない」
そもそも、MMAファイターとしての堀口を見たとき、那須川は弱点のないファイターだと分析していたが、「キックボクサーとして見たら穴はある」と断言した。
「ただ、堀口選手はまだキックルールでは闘ったことがないので、正確に言うと、イメージとして弱点を見つけているということになりますね」
キックボクシングの世界王者の目から見ると、堀口の打撃には粗さも感じるという。
「詰め方だったり、パンチやキックの振りはちょっと大きくなるところがあるので、そういう穴をついていければ。カウンターや間合いのとり方はすごいと思うけど、僕にとってはすべて想定内です。最後はお互いの対応力が勝負のカギを握ることになるでしょう」
試合時間は3分3ラウンド。もし本戦でドローだった場合には、延長戦が1ラウンドある。ファンはKO決着を期待しているが、那須川はあらゆるケースを想定している。
「延長戦にもつれ込むこともあるんじゃないですか。だから、延長も想定したうえで闘おうと思っています」
――現時点ではどんな試合になるとイメージする?
「そうですね。ひとつのミスも許されない試合になると思います」
自ら格闘技の歴史を変えると宣言するほど、那須川はビッグマウスではない。むしろ堅実なほうだが、堀口戦から生まれるものはたくさんある、というイメージを抱く。
「これで終わりではない。堀口さんとの試合内容は次の世代に受け継がれていくものになると確信しています」
今回も那須川は我々の想像を遥かに凌ぐパフォーマンスで驚かせてくれるのだろうか。