ベテランJリーガーの決断~彼らはなぜ「現役」にこだわるのか第5回:冨田大介(水戸ホーリーホック)/後編前編から読む>…

ベテランJリーガーの決断
~彼らはなぜ「現役」にこだわるのか
第5回:冨田大介(水戸ホーリーホック)/後編

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 高校生の頃から目指していた”日本代表”だったが、プロになり、J1戦士になり……と、キャリアとしては明確に近づくにつれて、冨田大介(水戸ホーリーホック)はそこを現実的な目標として描けなくなる。

 だが、その事実から逃げることなく、真摯に自分と向き合ったからだろう。それによって見えてきた、心の奥底にある想いに気づいてからは、それを基準に自らのキャリアを積み重ねてきたそうだ。

「自分はもっとできる」――年齢ではなく、その自信がある限り、冨田は”今”を戦い続ける――。


41歳になった冨田大介は

「今」を全力で戦っている

 2010年にヴィッセル神戸を退団して以降、移籍を繰り返すたびにトライアウトを受けてきた冨田大介。それは、「自分はもっとやれる」という考えと、前所属チームの評価が合致しなかったからでもあったはずだが、そのことを、冨田はどう消化していたのか。自信を失い、不安を抱くようなことはなかったのか。

「不安はまったくなかったです。もちろん、おっしゃるとおり、契約がないということは、そのクラブには評価されなかったということだと思います。

 でも、僕自身が試合に出ることを目指して自分を磨いてきたことや、課題を克服することに取り組んできたことに嘘はない。周りの評価は人それぞれだし、それも否定はしませんが、少なからず僕自身は、自分がやってきたことが確実に血となり肉となっている実感があったし、サッカーの技術以外の、いろんな知識の広がりとともに、”サッカー”がわかるようになってきたという手応えもあった。

 だからこそ、在籍チームでは必要とされなくなっても、他からはニーズがあるはずだと思えたし、チームにとって、プラスになる働きができるという自信もなくならなかったんだと思います。また、それがあったからこそ、トライアウトを受けるにあたっても、ネガティブな感情は一切なく、『また、いろんな人に自分を知ってもらえるチャンスだ』と喜んで参加していた自分がいました。

 っていう話をすると、大概驚かれますけどね。年齢が上の選手ほど、プライドが邪魔をして、トライアウトに参加しない選手も多いですから。

 でも、この世界、過去の実績も評価のひとつだとは思うけど、選ぶのは人ですから。直に僕のプレーを見てもらうことで、人の気持ちに何かが届き、変えられることがあるかもしれない。僕はそれを信じているから、トライアウトを受けてきたし、信じたからこそ、今の自分のキャリアもあるとも思っています」

 そうして、”日本代表”という目標が、いつしか「もっとやれる自分を証明したい」という思いに形を変えた今は、その自信が自分の中から消えてなくなるまでは、現役を続けようと考えている。

 もちろん、理想を言えば、やれる自分を証明した先に、時間をかけて蓄えてきた力が、再び日本のトップリーグ、J1の舞台で通用するのかを試したいという思いはある。年を重ねて、多少体力の衰えや回復の遅れを感じることはあっても、それをカバーするさまざまな武器を備えた今なら、また違った自分を魅せられるかもしれない、という自分への期待もあるからだ。

 だが、そんな目標を描きながらも、彼が見据えているのは”今”だけだ。ゆえに、前編(※9月20日配信)の冒頭でも記したように、現在所属する水戸ホーリーホックでの立ち位置を冷静に受け止め、自身のパフォーマンスを冷静に分析することを忘れない。もっとも、これだけ長くこの世界で戦い、いろんな選手を見てきた彼のこと。頭の片隅にはいつも、「プロである以上、ニーズがなくなった時点で引退だ」という危機感を持ち合わせているが、その現実を突きつけられるまでは、ファイティングポーズを取り続けるつもりだ。

「年齢を重ねるにつれて、回復が遅くなったとか、体のちょっとした動きの部分で……若いときに比べたら少し劣ったかな、って感じることは正直、あります。でも、以前は今ほどのサッカー感や思考は備えていなかったこと考えれば、トータルすると意外とトントンじゃないかな、と。

 唯一、歳をとるほど、体を動かすより前に、理屈でいろいろと考えて自分を納得させてしまいがちなので、そこだけは気をつけていますけど。というのも、サッカー選手である以上、まずは体が動くことが基本だから。

 それに……若い選手たちに、自分が何かを要求したり、アドバイスを送ったりするにあたって、自分が動けない、戦えない、では説得力もないですしね。そう考えても、常に動ける自分でいたいし、必要とされたときに応えられる自分でいたい。

 それもあって、最近は体のケアのみならず、食事にも気をつけるようになりました。周りには遅いと言われますが、これまで本能で突っ走ってきて、ようやくこの年になって、その部分を足してみようと思ったということは、僕には今が必要なタイミングだったんだと思います。

 そして、そうやって何かにチャレンジしようとする自分がいる限り、また目の前のある”壁”に全力で向き合い、乗り越えていくことを『楽しい』と思えているうちは……まだまだ現役をがんばれそうな気がします」

 そんなふうに、今も前を向いて戦い続けられるのは、今回で3度目の在籍となる水戸への思いもある。プロとしてのキャリアをスタートさせた1度目、J1を経験したうえで在籍した2度目。そして今回とでは、チームの一員として戦うことへの責任も、クラブへの想いも明らかに変化していると、冨田は言う。

「僕が水戸でプロになったときは、水戸もJ2に昇格したばかりで、正直J1にはほど遠い場所にいたし、そこから約10年後の2013年に水戸に戻ったときも、チームはJ1昇格を目指していたけれど、現実的にクラブは、J1ライセンスが取得できる体制ではなかった。

 でも、そこからさらに時間が進んだ今は、練習場やクラブハウスもできて、チームとしても、クラブとしても、明確にJ1昇格を目指していますから。その水戸に再び呼んでもらった以上、当然、J1昇格の力にならなければいけないと思っているし、そう思えばこそ、以前は自分にしか向いていなかった矢印も、今はしっかりと”チーム”に向けられるようになった。

 だから実際、たとえ試合に出られなくても、少しでも水戸の力になれるように、J1昇格というクラブが掲げる目標の一助となれるように、ということを頭に描いて行動したり、発言したりできているんだと思います。と同時に、それがこの年齢でも僕を必要だと獲得してくれた、クラブへの恩返しでもあると思っています」

 では、彼自身はどうなのか。チームのためにファイティングポーズを取り続けながら、この先、どこにたどり着こうとしているのか。いつか、ということは別として、年を重ね、日々、近づいてくる”引退”に対して、恐れを抱くことはないのだろうか。

「僕はこれまでのサッカー人生で、一度も”引退”を考えたことがありません。ただ、想像したら、やっぱり怖いなとは思います。引退後にすごくやりたいことがあったら別だけど、僕にはそれもない。でも、現役選手である今は、その不安より、自分がやるべきことに取り組まないことのほうが怖い。

 だから、今はとにかく自分が”今”、やれている事実を大事にして、現役生活を全うしたい。そうすれば、自分にも何か新たに熱を注ごうと思えるものが見えてくるんじゃないかと思います」

 どんなときも”今”を見据えて生きてきた、冨田らしい言葉だった。

(おわり)