東海大戦記 第31回

 日本学生陸上競技対抗選手権大会(全日本インカレ)は9月6日から4日間、等々力陸上競技場で開催された。

 東海大の今シーズンの目標は、「学生長距離5冠」である。5月の関東インカレの長距離部門で優勝しており、この大会を制すれば2冠達成となる。

 関東インカレでは1万mでなかなか得点を挙げられず、苦戦のスタートになったが、ハーフで湯澤瞬(4年)が2位と奮闘し、最後の5000mで鬼塚翔太(3年)が4位に入って、なんとか優勝を勝ち取った。



全日本インカレ1500mで優勝した東海大・館澤享次

 全日本インカレはハーフがないので、長距離部門は1500m、3000mSC(障害)、5000m、1万mの4種目で争われる。

 しかし、初日はまさかのスタートになった。

 1万mに出走予定だった鬼塚、小松陽平(3年)、塩沢稀夕(きせき/2年)の3人が揃って出走しなかったのだ。数日前に走らないことが決まっていたようだが、それにしてもひとりも走らないというのは、かなり異様だ。

 他大学も主力選手がエントリーしていないところがあったが、それとは意味が異なる。ライバル校や陸上関係者に大きな驚きを与えつつ、「東海大は大丈夫なのか」と心配する声が多数出ていた。

 そんなチームに漂う重苦しい空気を打ち破ったのが、館澤享次(たてざわ・りょうじ/3年)だった。

 今年8月、アジア大会に日本代表として1500mに出場したが9位に終わった。まさかの結果に落胆し、悔しさを噛みしめて帰国。その後、再調整して今大会に臨んだ。

 予選では3組でトップ通過。決勝でも第3コーナーで抜かれて前を行く才記壮人(筑波大4年)をラスト50mで抜き返して優勝。得意のガッツポーズを出せないほどギリギリのレースだったが、これで館澤は関東インカレ、全日本選手に続き、3冠を達成した。

「このまま終わったら今までの自分と同じ。最後は頑張りました」

 館澤の優勝でチームは一気に活気づいた。

 つづく3000SC予選では須崎乃亥(のい/1年)が決勝進出を果たし、5000mでは主力の松尾淳之介(3年)が欠場したが、西川雄一朗(3年)と中島怜利(れいり/3年)が出場。

 気温30度、湿度70%という厳しい条件のなか、西川はレダマ・キサイサ(桜美林大)、パトリックマゼンゲ・ワンブィ(日本大)ら外国人留学生が先行する先頭集団についていく。

「レース展開は自分で考えろ」

 両角速(もろずみ・はやし)監督にそう言われ、まずは積極的に前についていけるところまでついていこうと西川は考えていたと言う。身長183cmの大きな体を生かし、懸命に腕を振って日本人トップを狙って走る。しかし、ラスト1周で吉田圭太(青学大2年)に抜かれて4位。14分12秒90は自己ベストには及ばないが、暑いなかでのレースであり、決して内容的には悪くなかった。

「タイム的にも微妙ですし、最後(吉田に)抜かれて……ちょっと悔いが残ります。正直、負けたくなかったですね。ただ、合宿からこのレースをシュミレーションして、うしろからではなく、意識していた前で走ることができたし、手応えもあったので、そこはよかったなと思います」

 話している顔には、止めどなく汗が吹き出してくる。

「ちょっと座ってもいいですか」

 そう言って、西川は地面に腰を下ろした。力を出し尽くしたのだろう。立っていられないほど、体は消耗していた。

 昨年、西川は箱根駅伝を目指し、秋から好調を維持していた。

 箱根の試金石となる上尾ハーフでは關颯人(せき・はやと/3年)、湯澤に次いで、東海大のなかで3位。1時間3分16秒の自己ベストを出し、チームのなかで存在感を見せつけた。その後、クリスマス前後の富津合宿でもいい走りを見せ、「調子がいいので箱根を走りたいですね」と初の箱根に向けて意欲満々だった。

 しかし主力選手の層は厚く、最終的に走ることはできなかった。

 その悔しさを糧に、今シーズンは「箱根駅伝出走」を目標に、夏合宿では練習メニューをほぼ完璧にこなし、主力組のなかに割って入ってきた。西川は言う。

「夏合宿はしっかりメニューをこなせて、その成果がこのレースに出たかなと思います。昨年は本当に悔しかったですし、今年は同じことを繰り返したくないです。今日の走りは今後につながると思うんで、さらに調子を上げて箱根を走って、昨年の悔しい思いを晴らしていければと思っています」

 ゴール付近にいた西出仁明(のりあき)コーチからは「西川、OK!」という声がかけられた。今年の西川は間違いなく、箱根駅伝に絡んでくるだろう。

 一方の中島は順位こそ20位(15分5秒59)に終わったが、6月の世田谷区記録会の5000mで13分53秒93の自己ベストを出すなど、春から好調を維持している。箱根だけではなく、出雲、全日本大学駅伝にも絡んできそうな勢いだ。

「今までは箱根だけだったんですけど、今年は3大駅伝を走るのを目標にしてやってきました。現状は、主力に故障者が出ているのもあって、チームとして厳しいところはありますし、今回も鬼塚が1万mを走っていないので『今年の東海はよくないんじゃないか』ってみんな思っていると思うんです。でも、昨年の出雲を走った6人プラス7番手以降の選手が出てきているし、自分の調子もいいので、ここから尻上がりにいきますよ」

 中島は小さな笑みを浮かべて、そう言った。

 昨年は2年生だった鬼塚、館澤、阪口、關らが頑張って出雲を取り、全日本大学駅伝では2位になった。その後は、關ら主力に故障者が出たり、個々の調子も上がらず箱根は5位に終わった。

 箱根を制した青学大や2位の東洋大に後塵を拝したのは、厚いと言われていた東海大の選手層が、実は主力に頼りすぎて、中間層が主力を食うまで至らなかったことが要因のひとつとして挙げられた。

 今年は主力に故障が相次ぐなか、西川をはじめ、中島、郡司、小松ら中間層の頑張りが目立っており、主力が回復すればこれ以上ない厚い選手層になる。そのことを強く印象づけたのが中島の成長であり、今回の西川の快走だった。

 西川の走りでポイントを獲得し、大会最終日に長距離部門優勝の可能性がつながった。

 3000mSC決勝に出場する1年生・須崎の走りにすべてがかかっていたのである。