“日本ボクシング史上空前の一戦”の実現は難しくなってしまった。

 9月15日、ラスベガスのT-モバイルアリーナで行なわれたWBA、WBC世界ミドル級タイトル戦で、王者ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)が、挑戦者サウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)に0-2の際どい判定負け。36歳のゴロフキンは初黒星(38勝34KO1敗1分)を喫し、2010年8月から保持していた世界タイトルを失った。ゴロフキンと来春の対戦を計画していたWBA同級正規王者・村田諒太(帝拳ジム)も、ここで軌道修正を迫られることになったのである。




8月30日に次戦に向けた記者会見を行なった村田

 当初は荒唐無稽に思えたビッグファイトは手の届くところにあった。ゴロフキンvs村田戦は資金をはじめとする諸条件をすでにクリアしており、交渉が成立する可能性は低くないと目されていた。

「今夜、ゴロフキンが勝てば、村田と来春に東京ドームで対戦する話を進めることになる。(アメリカの)土曜の夜に合わせ、日本時間で日曜の朝の開催だ。ゴロフキンは東京に行くことを望んでいるんだ」

 ゴロフキンvsカネロ戦の前、村田の米国内でのプロモート権を持つトップランク社のプロモーター、ボブ・アラム氏はそう述べていた。開催地が東京ドームとなれば、マイク・タイソンがジェームズ・”バスター”・ダグラスに敗れた1990年以来のボクシング興行になる。プロ、アマの両方で王者になった村田がミドル級の帝王に挑むとなれば、業界の範疇を超えた特大イベントになっていたことだろう。ところが――。

 ゴロフキンの苦杯という誤算が生じ、夢のプランは予想外の形で頓挫。帝拳ジムの本田明彦会長は、将来的に別の形で村田vsゴロフキンを開催する可能性は否定しなかったものの、当面の対戦は立ち消えになったことを認めていた。実現すれば世界中のボクシングファンの視線が日本に集中していただろうだけに、やはり残念に思える。

「(今後の標的は)カネロ戦になるよね。カネロの相手として選ばれるようにどうしていくか。それしかない」

 本田会長のそんな言葉どおり、村田サイドは目標をカネロとの対戦に切り替え、アメリカでのビッグファイト開催を目指していくという。

 ターゲットが変わり、道がより険しくなったのは間違いない。北米では最大の興行価値を誇るカネロが日本に来ることは考えられず、ラスベガス開催が基本線。しかし、一戦ごとに莫大なマネーを生み出すカネロと対戦したいミドル級選手は枚挙に暇がなく、新WBA、WBC王者には他にも多くの選択肢がある。

 10月20日にボストンで挙行されるWBO同級王者ビリー・ジョー・サンダース(イギリス)vsデメトリアス・アンドレイド(アメリカ)戦の勝者、10月27日にニューヨークで開催されるIBF同級王者決定戦ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)vsセルゲイ・デレヴャンチェンコ(ロシア)の勝者、WBC暫定王者ジャーマル・チャーロ(アメリカ)、そして9月15日のアンダーカードで初回KO勝ちを飾った元IBF王者デビッド・レミュー(カナダ)など、同階級のビッグネームたちがカネロ挑戦を目指してくるのだろう。

 カネロは12月にニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン初登場を計画しており、”ブロードウェイ・デビュー”の相手はレミューが務めることが濃厚だ。その後、来年5月、9月にラスベガスで予定されるビッグファイトのパートナー役を村田も他の強豪たちと争うことになる。

「カネロ側から聞いているのは、カネロは12月にレミューvsゲイリー・オサリバン(アメリカ)の勝者とやるということ。で、来年の5月はまたここでやるから、村田がいい試合を見せれば候補になる」

 本田会長はそう述べたが、ジェイコブス、チャーロ、アンドレイドといった選手たちの、アメリカ国内での知名度は村田を大きく上回る。また、リマッチも微妙な判定決着だっただけに、カネロvsゴロフキンの第3戦が近い未来に企画されても不思議はない。これらの事情を考えれば、村田が割り込みを図るのは容易なことではあるまい。

 しかし難しくはあっても、不可能なわけではない。世界的にリスペクトを集める本田会長はカネロを抱えるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)とも良好な関係を築いており、亀海喜寛、ホルヘ・リナレスといった帝拳ジムファイターは、アメリカ国内ではGBP傘下だ。カネロは12月の次戦でメガケーブル局HBOとの契約が満了し、以降はテレビ局に縛られることがないのも追い風と言える。

 カネロが2019年も1年3戦のペースで試合を消化するのであれば、対戦相手選びにも柔軟性が出てくる。毎戦、その時点で最強の相手を選ぶわけではなく、どこかのタイミングで村田に白羽の矢が立つことも考えられる。そういった状況で村田が目指すべきは、アメリカ国内での知名度、商品価値を可能な限り上げておくことだ。

 10月20日、日本が誇るロンドン五輪金メダリストは、ラスベガスでロブ・ブラント(アメリカ)とのWBA指名戦に臨む。現時点で言えるのは、この一戦の試合内容がこれまで以上に大切になったということ。「(カネロが)やってもいいというくらいの試合を見せないと」という本田会長の言葉どおり、単に勝って防衛を果たすだけではもう物足りない。分かりやすく、センセーショナルな、アメリカ国内でも話題になる種類のパフォーマンスが村田には要求されるのだろう。 

 ゴロフキン落城と同時に、全米を舞台とした壮大な椅子取りゲームが再び始まった。まだ村田は”カネロダービー”の大穴候補に思えるかもしれないが、たった一戦のインパクトで状況が大きく変わるのが米リングの醍醐味。ここ数戦でさらなる成長が感じられるWBA正規王者には、1カ月後、アメリカン&メキシカンたちを震撼させるような豪快なKO劇を期待したいところだ。