今季のレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップは、8月にカザン(ロシア)で行なわれた第5戦終了時点で、トップ3による激しい年間総合優勝争いが繰り広げられていた。

 チャンピオンシップポイントランキングでトップに立っていたのは、55ポイントのマイケル・グーリアン。これを追って、49ポイントのマルティン・ソンカとマット・ホールが並んでいた。

 一方で、昨季、初の年間総合王者となった室屋義秀は、もはや風前の灯だった。

 第3、4、5戦で大きくポイントを取りこぼしたのが響き、順位こそ5位(22ポイント)につけていたものの、トップとのポイント差は33と、連覇はもはや絶望的。数字上の可能性はともかく、現実的な可能性は限りなくゼロに近かった。

 にもかかわらず、である。

 現地時間9月15、16日にウィーナー・ノイシュタット(オーストリア)で開かれた第6戦で、室屋はこれまでのうっ憤を晴らすかのように、圧巻のフライトを見せ続けた。


奇跡のエアレース連覇を狙った室屋のフライト

 photo by Armin Walcher / Red Bull Content Pool

 まさか、ひょっとして……。

 逆転戴冠の可能性はほぼゼロと知りつつも、そんな期待が少なからず膨らんだことは間違いない。室屋が昨季終盤戦の強さを取り戻していることは、予選の段階から明らかだった。

 まずは予選で、ただひとり58秒台前半のタイムを記録し、一昨季の第7戦以来となる、自身3度目の”ポールポジション”を獲得。ペナルティが続出する荒れた展開のなかでも、室屋のフライトは高水準で安定していた。

 翌日の本選レースに入ってもなお、室屋は落ち着いたフライトを重ねていった。

 ラウンド・オブ・14ではクリスチャン・ボルトンを相手に、無理せず、抑えめに飛びながらも、3秒以上もの大差をつけて快勝。続くラウンド・オブ・8でも、結果的にカービー・チャンブリスのエンジントラブルにより、不戦勝という形にはなったが、59秒578という全体で3番目のタイムを残している。室屋が語る。

「前日とは風向きが変わっていたので、ラウンド・オブ・14はリスクを負わず、予定どおりのタイムで飛ぶことができたし、ラウンド・オブ・8も、タイム的には問題ないと思っていたが、カービーはときどきとんでもないタイムを出すことがある。確実に勝ち上がるということではラッキーだった」

 奇跡が起こることを予感させたのは、室屋の安定したフライトだけが理由ではない。ランキングでトップに立つグーリアンが、まさかのミスでラウンド・オブ・14敗退に終わっていたのである。

 今季全5戦すべてでファイナル4に進出し、圧倒的な安定感を見せていたグーリアンの自滅。誰も予想できなかった展開は、あたかも奇跡の実現を後押ししているかのようだった。

 そして迎えたファイナル4。優勝だけに狙いを定め、最初に飛んだ室屋は59秒324を記録。「これなら表彰台には立てるだろうが、優勝はどうか。かなり際どいタイムだなと思っていた」(室屋)。

 室屋が次戦以降に連覇の望みをつなぐためには、ここで優勝するしかない。ソンカ、ホールのいずれか一方でも室屋を上回れば、その時点で連覇の可能性は完全に消える(室屋とのポイント差が最少でも30に広がり、残り2戦でポイントは追いつくことができるが、その場合、優勝回数が多いほうが上位となるため)。

 続いて飛び立ったソンカは、3度の中間ラップすべてで室屋に後れを取ったまま、最後のバーティカルターンへ。室屋が逃げ切る! そんな空気が満ちたそのとき、「マルティンは目一杯リスキーなラインに入っていった」(室屋)。強引なまでの荒業を繰り出したソンカが、わずか0.036秒差で室屋を差し切った。

 王座陥落。世界チャンピオンの年間総合連覇が完全に絶たれた瞬間だった。室屋が振り返る。

「もちろん、自分も最後のバーティカルターンでもっとリスクを負えば、マルティンを逆転できた可能性はある。でも、それは結果論だから。自分たちにはそこまでの作戦はなかったし、それがベストの選択と思ってやったことだから」

 続くミカエル・ブラジョー、ホールは、いずれも室屋のタイムに届かず、ソンカの優勝、室屋の2位が決まった。トップのソンカから3位のホールまでのタイム差は、実に0.083秒差という稀に見る接戦だった。

「3人とも限界を競い合ってのあのタイム差だから。久しぶりにレースが楽しかったし、特にファイナル4はおもしろかった」


久しぶりに笑顔が多かった室屋

 photo by Balazs Gardi/Red Bull Content Pool

 連覇はならずも、室屋は落胆の色を見せるどころか、今季開幕戦以来となる表彰台を純粋に喜び、話し続ける。

「もちろん、(トータルで3ポイント獲得にとどまった)前の3戦が悔やまれるが、悔やんだってポイントは返ってこない。過去に(年間総合で)連覇できたのは、ポール・ボノムだけ。これがチャンピオンになった者にしか分からない苦しみなのかもしれないけど、長い目で見れば、今年のうちに、この泥沼感から抜け出せたのは結構大きなことだと思う」

 そして、大きくひとつ息を吐き、ニッコリと笑って言った。

「まだギリギリで(年間総合の)表彰台の可能性は残っているし、来年もある。ここからまた、1本ずつ丁寧にやっていくしかないでしょう」

 奇跡は起きなかった。今季唯一にして最大の目標を成し遂げることはできなかった。

 だが、しつこく絡みつく負の連鎖をようやく断ち切り、一歩前に進むことができた”前世界チャンピオン”は、終始笑顔だった。