実業団からTリーグへの挑戦を表明した吉田雅己。「侍(サムライ)」と呼ばれる卓球プレーヤーが退職後、最初に選んだ戦場は「インド」だった。インドリーグは2017年に開幕したプロリーグだが、日本にはほとんど情報は入っこない。何しろ日本人の挑戦は吉…

実業団からTリーグへの挑戦を表明した吉田雅己。「侍(サムライ)」と呼ばれる卓球プレーヤーが退職後、最初に選んだ戦場は「インド」だった。インドリーグは2017年に開幕したプロリーグだが、日本にはほとんど情報は入っこない。何しろ日本人の挑戦は吉田が初だ。「卓球後進国」と思われがちなインドだが、実態は、さにあらず。「人もカネも企業も集まっている。現地ではすごい盛り上がりだった」と吉田は明かす。短期間で吉田は爆発力を見せた。チームを優勝に導き、チームのMVPを獲得したのだ。養われたのは技術だけではない。高度にプロ化された卓球リーグを目の当たりにし、「勝負師としての勘」を磨き上げていった。



CM中だからサーブ打たないで!」驚きのインドリーグ

インドリーグへ挑戦したのは「オファーが来たから。その期間、何も大会がなかっただけなんです」とあっけらかんと語る。ささいなきっかけで降り立ったインドの地で、吉田は期せずしてインドリーグの「熱」を目の当たりにする。「お客さんもすごい入っていて熱いんです。そもそもメンツを見たら、普通にブンデスリーグとかよりもレベルが高いんです。選手の世界ランキングとかも高くて驚かされました」。事実、各チームには、カールソン(スウェーデン・男子世界ランキング24位)杜凱栞(香港・女子世界ランキング13位)やピッチフォード(イングランド・男子世界ランキング48位)などの有名選手が名を連ねる。吉田は森さくらとともにDABANG SMASHERSに所属した。

吉田が現地で感じたのは高まる卓球熱だけではない。高度にプロ化が進み、観客がシンプルに楽しめる仕掛けの数々を目にする。「リーグ自体も3週間で決着する。だから2日か3日に1回試合があるんです」という。観客が集中して盛り上がるために設けられた“3週間”という短い期間。ブンデスリーグが約1年を通してチャンピオンを決めるのと比べ、異例とも言える。

特徴はそれだけではない。

「試合の形態も違うんです。試合が3ゲームマッチで、10オールになったら1本勝負で決まるんです。試合が一瞬で決まるメンタル勝負。そこに観客も盛り上がる。ちょっと気を許したらズルズルと負けこんじゃうんですよ」。デュースがないことから一球一球が試合の流れを左右しかねない重要な意味を持つ。他にも試合をコンパクトにするために、審判からボールを渡されたら10秒以内にサーブを出さなくてはならないルールもある。こうしたコンパクトな試合展開はテレビ放送を意識してのことだ。

「多くの試合がテレビ放送されているんです。そのせいもあって、突然『今CMだからサーブ打たないで』なんて言われることもあります。もちろん、やりにくい(笑)。けど、いかに企業と観客がインド卓球に結びついているかを痛感しました」と振り返る。



いい選手が集まれば自ずとリーグ自体のレベルも上がる。卓球後進国と思われがちなインドは全体的なレベルの底上げが進み、今では国別ランキングで11位に位置する。「インドは昔はそこまで強くなかったけど、僕らがジュニアの頃から強くなり始めた。当時のメンバーが今やインド主力を担いつつあります」という。デサイ、グナナセカランらの存在は各国にとって脅威になりつつある。

集まるのはいい選手や観客だけではない。インド卓球の盛り上がりに企業も目をつけ始めている。インドリーグには世界的食品メーカーのケロッグやインドの政府系石油販売会社であるインディアンオイルなど有名企業がスポンサーしている。

国籍もバラバラのメンバーが集い3週間という短い大会期間を駆け抜ける。その上、卓球は個人戦の要素が強い。だからこそチームをまとめ上げるキャプテンのグナナセラカン(インド・世界ランキング39位)の手腕には学ぶところも多かった。「実は僕もインドに来た当初は『自分のために戦う』という気持ちが強かった。でも彼のチームをまとめる力が強くて『みんなで戦おう』と意識的に声を出す。彼がいたから、チームが団結した」。個人プレーヤーの集まりをいかに統制のとれたチームへと変えていくか。リーダーシップを発揮するグナナセラカンの背中は大きく見えた。



「岡山リベッツに1年目から所属するということはできたばかりのチームで戦うということ。インドでの経験は絶対に活きる」と自信を覗かせる。インドで積み上げた実績は着実に自信に変わっているのだろう。

「ただ…」と言葉に詰まる。その後、吉田から意外な言葉が飛び出した。「僕は実は勝ちきれない選手だったんです」。

全中やインターハイを制するなど「ド派手」な経歴を誇るにもかかわらず、なぜそう語るのか。真意を知るためには吉田の卓球との出会いから紐解く必要がありそうだ。

文:武田鼎(ラリーズ編集部)
写真:伊藤圭