8月30日、カナダ・トロントのクリケットクラブで羽生結弦の公開練習が行なわれ、現地の正午過ぎに、羽生はリンクに上がって滑り出した。そして、その2分後には、力みのないきれいな4回転トーループを決める。続けて、4回転サルコウも跳んでキレの…

 8月30日、カナダ・トロントのクリケットクラブで羽生結弦の公開練習が行なわれ、現地の正午過ぎに、羽生はリンクに上がって滑り出した。そして、その2分後には、力みのないきれいな4回転トーループを決める。続けて、4回転サルコウも跳んでキレのいい動きを見せた。



公開練習で新プログラムを披露した羽生結弦

 この日練習したのは、新しいフリープログラム。いくつかのパートに分けての曲かけ練習をした。

「4回転に関しては、ルッツは、やれば跳べるという感覚はありますけど、ケガを再発させないようにということで、しばらくはやめておこうというのはあります。でも、トーループとサルコウ、ループまでは、現状では戻ってきているかなという感覚はあります」

 羽生自身がこう言うように、最初の曲かけでは4回転ループと4回転トーループを確実に決め、少し間を取ってからは3回転ループを跳び、4回転サルコウに挑んだ。

 そして、中盤からの曲かけでは4回転サルコウ+3回転トーループを決め、続けて4回転トーループ+1Eu+3回転サルコウ(これまでハーフループと呼んでいた1回転ループは、今季からシングルオイラー:1Euと表示される)を難なく決める。

 終盤の曲かけでは、トリプルアクセル+2回転トーループからコリオシークエンス、単発のトリプルアクセルを決め、ふたつのスピンまで滑った。

 この新しいフリープログラムは、エフゲニー・プルシェンコの『ニジンスキーに捧ぐ』をアレンジしたもの。曲は『アート・オン・アイス』をベースにしたもので、プログラム名を『Origin』(オリジン)と名付けた。また、新しいショートプログラム(SP)は04年から06年にジョニー・ウィアがフリープログラムに使っていた『秋によせて』を使用することを明らかにした。

「フリーは自分のなかで起源とか、始まりという意味を持たせたかったので、こういうタイトルにしました。プルシェンコさんの『ニジンスキーに捧ぐ』は一生消えないと思うし、僕の中でも大切なもの。それを最初に見た頃は、ニジンスキーを滑っているときのプルシェンコさんの圧倒的なオーラやポーズ、一つひとつの音に合わせている動きやジャンプ、そういったものにすごく惹かれた記憶があります。

 たしかに僕はスケートを始めたころから楽しくやっていましたし、先生方にも一生懸命教えていただいていたけど、自分自身『この競技を極めたい』『五輪で金メダルを獲りたい』というような、具体的な目標はないままやっていました。でも、ソルトレークシティ五輪やその前、その前の前のシーズンのプルシェンコさんやアレクセイ・ヤグディンさん、本田武史さんたちの演技があったからこそ、『この世界で1位になりたいな』『プルシェンコさんみたいに金メダルを獲りたいな』と思うようになったんです」

 そんなプルシェンコの代表的なプログラムが『ニジンスキーに捧ぐ』だった。また『秋によせて』は、ジョニー・ウィアが見せる「男性だからこそ出せる中性的な美しさ」(羽生)に衝撃を受けたプログラムだったという。

 ジャンプのGOE(出来栄え点)の必要性がまだ重要視されていない時代だったが、ジャンプを降りた後の流れや姿勢の美しさに目を見張った。さらには、手の表現を自在に使ったスピンの美しさにも惹かれ、「自分もああいう風に跳びたい。ああいう風に滑りたい」と思った記憶に残っているプログラムだという。

 そんな憧れのプログラムの曲を使うことは、おこがましいことだとずっと思っていたという。だが、平昌五輪後に1カ月間スケートができずにいるときに、使わせてもらいたいと考えた。

 自分が五輪連覇というどうしても達成したかったことをやり遂げた今、勝ち負けとは違う、自分が新たに目指すフィギュアスケートをやり始めるためにも、自らの競技者としての原点になった彼らの曲を使いたいと考えた。

 ふたりには4月のアイスショー、『コンティニューズ・ウィズ・ウイングス』に出演してもらったときに、快諾してもらったという。

 そんな思いが詰まった今シーズンのフリープログラムは、きわめて内容の濃いものになっているようだ。

※ジャンプの構成は4回転ループ、4回転トーループ、3回転ループ、4回転サルコー+3回転トーループ、4回転トーループ+1Eu+3回転サルコー、トリプルアクセル+2回転トーループ、トリプルアクセルを予定

「演技時間が(4分30秒から)4分になって、ジャンプがひとつ減ったから楽になったと思われるかもしれないですが、実際にやってみると4分の方がきついと最近は感じています。3回転ジャンプなら助走からランディングを含めて10秒で跳べる。(実質)20秒削られるということだから、その分忙しくなるんです」

 羽生がこう言うように、とくに後半の4回転サルコウ+3回転トーループからの流れは濃密なものになっている。3つ目の連続ジャンプであるトリプルアクセル+2回転トーループの後にコレオシークエンスが入っているが、そのあとのトリプルアクセル後のつなぎも高度なもので、まるでコレオシークエンスの中にトリプルアクセルが入り込んでいるような内容だ。

 また、ステップは、上半身を大胆に大きく使いながらも、スピードとキレが必要な振り付けになっていて、観ている側の想像力をこれまで以上に掻き立てる滑りになっていた。

 羽生がそんな新たな魅力を見せるこのプログラムを、どのようにまとめてどんな世界観を見せてくれるか。シーズンインが楽しみになる公開練習だった。