過去2戦、屈辱的な敗退が続いていても、室屋義秀は落ち着いていた。「かなり人が多かったから、あまり真上を飛んだら悪いかなと思って(笑)」 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第5戦が行なわれたロシア・カザンでは、エアレース予選…

 過去2戦、屈辱的な敗退が続いていても、室屋義秀は落ち着いていた。

「かなり人が多かったから、あまり真上を飛んだら悪いかなと思って(笑)」

 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第5戦が行なわれたロシア・カザンでは、エアレース予選と時をほぼ同じくして、サッカーのロシアリーグ、ルビン・カザン対CSKAモスクワの試合が行なわれていた。

 試合会場のカザン・アリーナ(ロシアW杯の会場でもあった)は、レーストラックのすぐ東側にあり、旋回してスタート順を待つパイロットにとっては、その上空がまさに待機場所。国内屈指の好カードとあって多くの観客が集まる様子を、室屋は「ずいぶん人が多いなぁ」と眺めるだけの余裕があったわけだ。

 その予選を5位とまずまずの順位で終えた室屋は、翌日のレースデイに入っても、安定して質の高いフライトを見せていた。

 ラウンド・オブ・14では、予選10位のニコラス・イワノフと対戦し、1秒以上の大差をつける圧勝で勝ち抜け。冗談交じりにフライトを振り返る室屋の様子からは、どれほどの手応えがあったかがうかがえる。

「カンヌ(での第2戦)以来、ラウンド・オブ・14を抜けられず、そこが地味にハードな”関所”になっていたので、勝ち抜けてホッとした。でも、約4カ月ぶりの勝利というより、(過去2戦がオーバーGによるDNFだったため)完走自体が久しぶり。見ていた人たちは、『あ、5秒以上飛んだ!』って思ったんじゃないかな」

 前々日の公式練習から前日の予選までの間、室屋が「タイムの”出しどころ”がつかみ切れず、ちょっとしたことでタイムが出たり、出なかったりする」と嘆いていたように、カザンのレーストラックは攻略ポイントを見つけるのが難しいコースだった。同様の話を口にするパイロットは多く、それは室屋に限ったことではなかった。

 しかし、チーム・ファルケンのタクティシャン(フライトデータなどを分析してレース戦略を組み立てるスタッフ)、ベンジャミン・フリーラブが前夜まで綿密なコース解析を続けた結果、タイム短縮に最適なラインを見つけ出すことに成功した。室屋の言葉を借りれば、「角度だと5度内側。距離だと3m左。それくらいの違いで、このコースは大きくタイムが変わってくる。ラインをコントロールするのはすごく難しかったが、それができたのはパイロットだけではなく、チームとしての強さだと思う」 

 室屋は昨季最終戦以来となる優勝へ、確かな手応えを感じていた。

 続くラウンド・オブ・8では、フリーラブの分析結果をもとに、ライン取りをさらに微調整。レースデイではただひとり51秒台となる、51秒643を叩き出し、カービー・チャンブリスをねじ伏せた。飛んだ本人さえも「他のチームにとっては衝撃的だったはず」と自画自賛する、驚異的なタイムだった。



他を圧倒するタイムを叩き出していた室屋だったが・・・・・・

 昨季終盤の、誰も寄せつけないような強さが戻ってきた。最近2戦で続いていた悪夢のような記憶を拭い去るチャンスが、ようやく訪れたかに思われた。

 しかしながら、室屋が笑顔でレースを振り返ることができるのも、ここまでだ。

 ラウンド・オブ・8を終え、ファイナル4への準備をしていた室屋に、ショッキングな判定が下された。

 ラウンド・オブ・8のフライト途中、エンジンのRPM(1分間あたりの回転数)が上限規定の2950回転を2秒以上続けて超えたため、オーバーRPMによるDQ(失格)となったのである。

「(自分の操縦にも原因がある)オーバーGとは違い、今回のはちょっと……、自分ではどうにもならない感じなので……。過去6シーズン、エアレースに参戦してきたが、こんなことは初めて。セッティングは今までとまったく変わっていないし、原因不明。フライトは落ち着いていただけに、正直、ショックは大きい」

 室屋はそう語り、悔しさをかみ殺すようにつぶやく。

「(ラウンド・オブ・8では)ひとりだけ(51秒台の)タイムを出しているし、(ファイナル4を)飛べば勝っただろうなって……」

 今回の第5戦、室屋は間違いなく強かった。フライトは安定していて危なげなく、そのうえ速かった。

 しかし、勝負は常に強いものが勝つとは限らない。どんな競技にも共通することだが、あらためて勝負の怖さや難しさを思い知らされる。今さらながら、昨季の室屋はよく4勝もできたものだと感心してしまう。

 この結果、室屋はラウンド・オブ・8敗退の8位となり、3ポイントを加えるにとどまった。3戦ぶりに獲得した貴重なポイントではあるものの、言い換えれば、この3戦で獲得した全ポイントはわずかに3、である。

 チャンピオンシップポイントランキングでトップに立つのは、このレースで2位となり、ポイントを55に伸ばしたマイケル・グーリアン。22ポイントで5位の室屋とは、33ポイントもの差が開いた。

 残り3戦で獲得できる最大ポイントは45。室屋が全勝したとしても、グーリアンが3戦すべてでラウンド・オブ・14敗退になるような惨敗を喫しない限り、逆転は起きない。しかも、2位のマルティン・ソンカ、3位のマット・ホールが49ポイントで並んでおり、彼ら3人が揃って下位に低迷するとは考えにくい。

 室屋は「(年間総合優勝は)まだ不可能ではないし、全然あきらめてはいない」と語る一方で、「自力優勝の可能性はなく、かなり苦しいのは確か」。自身が置かれた状況がいかなるものかは、よく理解している。

 だが、年間総合2連覇という目標達成が限りなく不可能に近づいた今、だからこそ、室屋の真価が問われていると言ってもいい。

 さすがは昨季の総合王者。そのインパクトを、ラスト3戦で残せるか否か。

「今日のようなパフォーマンスが出せれば、残り3つを勝っていける。ベストを尽くしていくことが、たとえ連覇はできなかったとしても、最終的にポーディアム(年間総合の表彰台)につながると思う」

 世界チャンピオンの誇りを示す戦いは、これから始まる。