30年以上前は、当たり前だった。特別なことは何ひとつない、ごくごく普通の野球だった。エースが1人で投げ抜き、レギュラー9人がフル出場する。走者が出ればバントで送り、三塁まで進めばスクイズで点を取る。今大会、金足農が見せた野球こそが”ザ・高校野球”といってもいい。当時は、それがスタンダードだった。



エース吉田輝星の奮闘と粘り強い攻撃陣がかみ合い、準優勝に輝いた金足農

 ところが、近年はその野球が見られない。時代とともに、高校野球が変わったからだ。昨年夏の甲子園で大会新記録の68本塁打が乱れ飛んだことに象徴されるように、現代は打ち勝つ野球の全盛時代。1点をコツコツ取りにいくよりもビッグイニングを狙う。走者が出ても、送りバントをしないことが珍しくなくなった。

 どの学校も「打たなければ勝てない」と、打つことに力を入れるようになり、バントにこだわるチームは極端に減った。だからこそ、今夏の金足農の「走者が出れば送りバント」という、ひと昔前は当たり前だった野球が個性を持つようになったのだ。

 多くのチームが打つことに力を入れる一方で、バント練習をする時間は減っている。バント練習をしないということは、裏を返せばバントに対する守備の練習も必然的に少なくなっている。それが、準々決勝で金足農に2ランスクイズを決められた近江ナインの「2ランスクイズは頭になかった」「練習したことがない」という発言につながる。

 このように、ほかのチームが力を入れていない部分にこだわりを持ち、力を入れてきたからこそ、金足農の快進撃は生まれたのだ。

 もちろん、その背景にはエース・吉田輝星(こうせい)の存在がある。最速150キロを投げ、スタミナも抜群のスーパーエースがいたから、どんな相手に対しても失点を計算して戦うことができた。吉田が投げれば3点以内には抑えてくれる。だから、1点ずつ積み重ねる戦法が可能になった。

 中泉一豊監督に「打つチームをつくろうと思ったことはないですか」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「バントは基本だと思います。ストライクをバントする。球が来るのを待ってとらえる。バッティングの練習にもつながると思っています。ホームランは最高の打球が結果として出たものであって、願っていません。それよりも強くて低い打球。野手に、心理的に嫌だなと思わせる打球を打ってほしいと願って指導しています」

 結果が出ない時期が続いても、時代遅れと言われても、今の流れに逆行していると言われても、ブレずに信じてやり通す。この夏、中泉監督は最後まで信念を貫いた。

 そうしてもうひとつ、”金足農旋風”に欠かせなかった要素がある。それは、地元の選手しかいない公立高校だったということだ。

 近年、高校野球界は私学優位の状況が続いている。今大会も代表56校中、公立校はわずか8校。また夏の甲子園で公立校の優勝は、2007年の佐賀北以来ない。ベスト4すら今回の金足農が2009年の県岐阜商以来、9年ぶりのことだった。昨春からの4大会で3度全国制覇を果たした大阪桐蔭だけではなく、甲子園常連の私学には全国から好選手が集まっている。そんななか、地元の子たちだけで勝ち上がったことも、金足農人気を後押しする要因になった。

 もともと、なぜ高校野球が人気になったかといえば、人には郷土愛があるからだ。母校でなくても、地元のチームに自然と肩入れしてしまう。それが全国47都道府県から代表が集う甲子園のよさだ。

 今大会から外野席が有料になってしまったが、昨年までは無料だった。それにも、ちゃんとした理由があった。

 昔、田舎から丁稚奉公で関西に出てきていた人たちが「夏休みに故郷に帰るお金はなくても、甲子園に行けば、タダで郷土代表のチームを応援できる」ようにするためだ。甲子園に行って、故郷のチームを見ながら地元を思い出す。たまたま隣り合った人と故郷の話題で盛り上がる。そんなことができるのが、高校野球人気の原点にあるのだ。

 金足農の活躍は、秋田の住む人だけでなく、現在は故郷を離れている秋田出身の人々にも勇気を与えたに違いない。高校野球によって地元の人たちと深くつながることができる。この空気が伝わったからこそ、秋田出身以外の人たちも共感し、金足農に感情移入したのではないだろうか。

 ブレずに貫いたことで生まれた”個性”。故郷に勇気と感動を与えることで生まれた”共感”と”感情移入”。この”個性・共感・感情移入”の3Kが、金足農の快進撃を支えた大きな要因となったのだ。

 甲子園の原点を忘れてはいけない──節目の100回大会に、そんなメッセージが込められていたかのような金足農の快進撃だった。