【連載】道具作りで球児を支える男たち ビヨンドマックス()「バッチ、ビヨンド~! 外野バックね~!」 軟式野球に親し…
【連載】道具作りで球児を支える男たち ビヨンドマックス
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「バッチ、ビヨンド~! 外野バックね~!」
軟式野球に親しんだことのあるプレーヤーなら、一度は聞いたことのあるフレーズではないだろうか。
軟式野球は、硬式野球に比べて点が入りづらいと言われている。使用するゴム製のボール(軟球)が硬球に比べ、飛距離が出にくくなっていることが主な原因だ。しかし、冒頭のフレーズで登場した”ビヨンド”こと、ミズノ社の「ビヨンドマックス」が、その常識を覆した。
ビヨンドマックスの大きな特徴が、ボールを捉える芯の部分が柔らかい素材で作られていることだ。こうすることで、軟球特有の変形を抑え飛距離アップを実現している。
軟式野球に新たな潮流をもたらすバットが2002年に発売されると、累計70万本以上を売り上げる大ヒット商品となった。企画が持ち上がった2000年当時から開発に関わり、現在もビヨンドマックスに携わっている木田敏彰(きだ・としあき)は、開発に着手した理由をこう振り返る。
「軟式野球は、少年野球から社会人までの幅広い年代で親しまれる競技ですが、カテゴリーが上がるに伴って投手のレベルが上がるため簡単に打てなくなる。その上、ボール自体も飛びづらいとなると必然的に投手戦が多くなってきますから、バットに対するユーザーの要望はなんといっても『飛び』なんです。また、全日本軟式野球連盟からも軟式野球をもっと楽しんでもらうために『飛距離の出やすい軟式バットを作ることはできないか』と打診を受け、飛ぶバットの開発を本格的にスタートしました」

初代ビヨンドマックスの開発に携わった木田敏彰氏
開発当初は、硬式バットで用いられる高強度な材料を中心に「反発に有利」と思われる金属素材を試したが、軟式ボールに対しては今ひとつ結果が伴わなかった。
「『軟式ボールを飛ばす方法はないのか』と、色々な構造で試作をしましたが、軟球ボールの反発性能を向上させる構造は見つからない状況でした。そこで打撃時に大変形を起こすボールに着目し、『バットの構造をどうこう考えるのではなく、ボールの変形を少なくできないか?』と発想を転換することにしたんです」
柔らかい材料を用いることで、ボール側の変形を防げるのではないか――。この発想の転換により、ビヨンドマックスの根幹となる「柔らかい打球部」を目指すことが決定した。
約60種類の材質を試した後、衝撃吸収性とバットの打球部として十分な耐久性を兼ね備える材質として、エーテル系発泡ポリウレタンを採用。「ボールの変形を防ぎ、飛距離をアップさせる」という柔軟性と高反発性の両立に加え、濡れても大丈夫なように水での加水分解を起こしにくい点も大きな決め手となった。
また、打球部以外のパーツには、軽量ながらも十分な強度を持つFRP(ガラス繊維や炭素繊維を混ぜた複合素材)を採用し、ウレタンによる重量増加に対処。バットの総重量を抑えることに成功した。これにより、素材による飛距離アップと、スイングスピード確保を両立できるようになった。
こうして、開発スタートから1年が経過した2001年にビヨンドマックスプロットタイプ品が完成。ここからは、2002年に予定していた一般販売開始に向け、耐久テストに取り組む日々が始まる。
「2001年に商品レベルのビヨンドマックスが完成してからは、私も耐久テストとしてバッティングセンターで打ち込みを行ないました。当時の休日は、ほぼバッティングセンターで過ごしたんじゃないかな、というぐらい通い詰めていましたね(笑)」
実打撃だけでなく、気温80度の環境化で鉄アレイをウレタンの打球部に乗せるなど、多様な耐久テストを実施(この結果、高温下での打球部変形に考慮し、専用のバットケースを附属させた)。さまざまな角度から品質のチェックを行なった。
そして、耐久テストと並行してプロモーションも進めていったが、そこには幾多の障壁があったという。
「硬式用の金属バットなら甲子園、ソフトボールであれば五輪、といったようにテレビ放送でユーザーの方々の目に留まる機会があればいいんですが、軟式野球の場合は難しい。なので、最初は各雑誌社に記事掲載のお願いに回ったりして、とにかく”認知”していただけるように進めていきました。
徐々に認知されてくなかで、小売店を中心に『打球部が柔らかいのは不安。本当に飛ぶの?』といった機能面を不安視する声も多く聞かれるようになりました。反発係数などのデータを用いての説明もさせていただきましたが、『よさをわかってもらうには、実際に打ってもらうのが一番』ということで、ビヨンドマックスの試打を行なっていただきました」
小売店だけでなく、東京、仙台、九州では大規模な試打会を実施。今までにないウレタン素材の打球部が生み出す”飛び”を体感してもらうことで、懐疑的な見方を吹き飛ばしていった。

ビヨンドマックスの試打会で落合氏がホームランを放ったことが話題に
さらに発売10日前には、”最後のひと押し”として、神宮球場を貸し切っての試打会を開催。ゲストにはプロ野球OBの落合博満氏を招いた。
「落合さんには、ビヨンドマックスを使って10スイングをお願いしました。『何とか柵越えを打ってほしい』と祈るような姿勢で見守っていましたが、9スイングを終えて柵越えはゼロ。少し諦めの気持ちが芽生えてしまったんですが、最後の1球を見事にレフトスタンドへ運んでくださって。現役時代に節目の打席でホームランを打ってきた落合さんなので、今思い返すと、狙ってラストボールを柵越えしたのかな……とも思いますね。真相は確認できずじまいなんですが(苦笑)」
落合氏を招いた試打会の様子は各メディアでも取り上げられ、大きなプロモーションとなった。こうした地道な活動が実を結び、発売開始前に1万本を受注する快調な滑り出しを見せた。また、流通後は先述の
「専用バットケース」がグラウンドで存在感を放ち、新たな購入者に繋がる好循環ができた。
斬新な機能性から、最初は”イロモノ”のような目も向けられたビヨンドマックスだが、現在は中学軟式野球や「天皇杯」に代表される社会人軟式野球の全国大会でも多くの選手が使用している(高校軟式野球では規定により使用不可)。このことについても木田は喜びを語る。
「カテゴリーを問わず、多くの軟式プレーヤーの方々にスムーズに受け入れていただけたんですが、発売からしばらくは、天皇杯に出場するような社会人軟式のトップチームの選手たちには使ってもらえない状況でした。やはり、プライドがあったのだと思います。けれども、ビヨンドマックスの認知度が上がり、機能性が評価されるにつれて、そういった選手たちにも受け入れられるようになりました。近年の大会を見ると、ほとんどの選手がビヨンドマックスを始めとする複合バットを使用しています。
中学軟式野球では使用が禁止となった時期がありましたが、再び解禁されて以降は多くのチーム、選手が使ってくれています。『ビヨンドマックスを使うことで、勝利に近づける』と思っていただけるのは、開発に携わった者として非常にうれしいですね」
ビヨンドマックスの大ヒットを受け、他の大手メーカーも打球部がウレタン素材でできた複合バットの開発に力を注いでいる。スポーツショップには、それらのバットがズラリと並び、さながら「複合バット戦国時代」と呼べるような状況に突入している。木田は、この状況についてどう感じているのか。
「各社が、それぞれ特徴を出した製品を作っているので『負けていられないな』という気持ちは常にあります。ですが、こういった『飛ばすなら、打球部にウレタン素材を使った複合バット』というひとつの流れを生み出せたことがうれしいですね。
ユーザーの方々が、複合バットの総称として”ビヨンド系”という呼び方をして”元祖”として受け入れてくださったり、『色々なメーカーが出しているけど、ミズノのバットが一番安心』と信頼を寄せてくださるのは、メーカーにとっての誇りでもあります。こういった積み上げた実績と信頼を裏切らないものを、これからも生み出していきたいと思います」
2002年の販売開始後から幾多のモデルチェンジを経て、現在は最新モデル「ビヨンドマックス ギガキング」が店頭に並ぶ。開発時に試行錯誤が続いた打球部には、新素材のフラルゴPUフォームを採用するなど進化を遂げ、通常の金属バットに比べ23%の飛距離アップを実現した。独特の打感で好き嫌いが分かれた初期のビヨンドマックスに比べ、金属バットに近い打感にもなっている。
現在の軟式野球のトレンドとも言える存在となったビヨンドマックス。多くのユーザーに対して木田は、こうメッセージを寄せた。
「やっぱりバッティングは『飛べば飛ぶほど面白い』ものだと思います。もっとバッテイィングをよくしたい、試合で長打を打ちたいという野球経験者の方だけでなく、これから野球を始める方にもぜひ手に取っていただきたいです。打てる、飛距離が出ることで、野球に親しむきっかけになるはずなので。ビヨンドマックスとの出会いが、より皆さんと軟式野球を近づける手助けとなれば嬉しいです」