瀬古利彦インタビュー~後編 復活なんて言わせない。ここから強い日本マラソンの時代が始まる――瀬古利彦マラソン強化・戦略プロジェクトリーダーの気持ちは昂ぶる。 2017年8月の北海道マラソンから始まった、マラソングランドチャンピオンシップ…

瀬古利彦インタビュー~後編

 復活なんて言わせない。ここから強い日本マラソンの時代が始まる――瀬古利彦マラソン強化・戦略プロジェクトリーダーの気持ちは昂ぶる。

 2017年8月の北海道マラソンから始まった、マラソングランドチャンピオンシップ(以下、MGC)への出場選手をかけたMGCシリーズ。その1年目が終了して男子13人、女子6人がファイナリスト(出場選手)の資格を得た。


瀬古利彦氏が

「2時間5分台も狙える」と期待する大迫傑

 ファイナリストの名前には若い選手たちが並ぶ。男子は13人中9人が1991年から93年生まれの世代に集中し、女子は6人中5人が1994年以降の生まれだ。この中に東京オリンピックのマラソンを走る選手がいるかもしれない。それは誰か? 若きファイナリストたちの顔ぶれを見て瀬古リーダーはうなずいた。

「MGCシリーズからMGC、そこからオリンピックと、3年かけてオリンピックを目指す流れを作れました。2017年のレースが2020年につながっている。だからこそ若い選手がこの時期からマラソンを走り、結果を出したと思います」

 ファイナリストたちの中で瀬古リーダーが真っ先に名を上げたのが大迫傑(すぐる)だ。

「大迫選手の力はこの程度じゃない。本人も誰も今のタイムに満足していないでしょう。3年前、今のままでは壁を超えられないと覚悟を決めてアメリカに行って信頼できる指導者に巡りあった。渡米後に5000mで日本記録も出したし、世界選手権の代表にもなった。覚悟が結果に結びついてよかった。

 遡れば、早大時代も渡辺康幸監督のもとでスピード重視の練習を重ねた。渡辺監督の指導も大迫選手に合っていたと思います。もし私だったら長い距離を走らせるから合わなかったと思いますよ(笑)。常に自分に合う指導者を選ぶのが大迫選手。自分をよく知っているから成長を続けられる指導者を選べるのです」

 そして大迫と同時に名をあげたのが男子マラソン日本記録保持者の設楽(したら)悠太だ。設楽は瀬古リーダーの現役時代とは異なる考え方を持つ選手だ。

「設楽選手は自分のことを一番よく知り、自分のやり方を知っている選手です。40km走はやらない、コーラが好きで、野菜をあまり食べないっていろいろ言っていますが、構いません。それが設楽選手の体に合っているのだろうし、彼の食生活だから。ただ、彼はそれで走れるかもしれないけれど、他の人はそうではありません。親御さんが子どもに『日本記録保持者が野菜食べなくていいって言っている』なんて反論されると困るでしょ。『僕は食べなくても大丈夫だけどみんなは食べた方がいいよ』とか救いのある言い方をして欲しいな(笑)」

 大迫、設楽だけではない。2人を中心とした世代の選手が次々とMGCの出場権を手にした。

「大迫選手と設楽選手は同学年でライバル関係。どんどん行くと思います。4分台までいくと思う。ただ2人だけじゃない。同学年の宮脇千博選手もモノが確かな選手だけあって東京マラソンでしっかり結果を出した。そこに1学年上の木滑良(きなめ・りょう)選手に村澤明伸選手、1学年下の井上大仁選手、竹ノ内佳樹選手、中村匠吾選手、さらに男子最年少の上門大祐選手といった選手たちも加わって、ひとつの大きな世代を形成しています。MGCまでの1年間でどうするか。そこが次の勝負所です」

 もちろんMGCに出場するのはこの世代だけではない。佐藤悠基、川内優輝、園田隼、山本憲二といった面々もファイナリスト入りした。

「東京で結果を出したのが佐藤選手と山本選手。佐藤選手は何回もマラソンを走っていますが、いつも後半に落ち込んで12分くらいまでの成績だった。それが今回は最後までイーブンでいった。いいきっかけになるはずです。佐藤選手は10000mが強くてスピードや勝負強さ、経験もあるわけですし、期待しますよね。山本選手はフルマラソン2戦目で一気に自己ベストを7分近く更新した。プレッシャーに強そうじゃないですか。

 別府大分では園田選手も粘り強くいい走りだった。彼は暑さに強いと聞いています。アジア大会でどんな走りをみせてくれるか楽しみですよ。それにワイルドカード選出の川内選手。彼はボストンのような思い切った走りもできるから外国人選手に名前も知られているし、嫌がられています。こういう日本人は他にいないんですよ。マラソンは相手に自分を意識させた時点で有利になるから、本当にすごいことです」

 女子は男子以上に若い世代がファイナリストに名乗りを上げた。30代ながら自己ベストを更新してMGCファイナリストに選出された野上恵子以外は、安藤友香が24歳、岩出玲亜が23歳。松田瑞生(みずき/23歳)と関根花観(はなみ/22歳)は同学年。そして最年少の前田穂南(ほなみ/22歳)が北海道マラソンでMGC出場資格を得た時は21歳だった。

「一番期待しているのが松田選手。大阪国際女子マラソンで初マラソン2時間22分台。日本選手権も10000mで優勝した。そして松田選手に限らず、安藤選手や関根選手といった、トラックでしっかり走っている選手が今からマラソンを走っている。安藤選手は初マラソンを2時間21分で走ったし、世界陸上で厳しさも経験した。みんな伸びしろはもっとあるはずです」

 女子のMGCファイナリストはまだ6名。ワイルドカードも含めて2年目の名乗りが期待される。実績のある清田真央、前田彩里といった選手は瀬古リーダーの目にどう映ったか。

「名古屋では清田選手、前田選手といった実績のある選手が実力を出し切れなかった。彼女たちは1年目で選出される力があったはずです。今年はしっかり結果を残してMGCに進んでほしい」

 そしてもう1人出てきて欲しい選手がいると、瀬古リーダーは言う。

「鈴木亜由子選手。トラックの実績は抜群だし、彼女は日本全体を引っ張れる選手だと思います。こういう選手が出てこないと全体としてもう1ランク上に行けないと思う。期待していますよ」

 男子も2年目にかける選手は多い。

「一色恭志(ただし)、神野大地、服部勇馬といった選手たちもワイルドカードはとれるでしょう。村山謙太選手は今年で決めて欲しかったけれど。モノがあるだけにもったいなかった。実際、MGC出場資格獲得のために今年もう1本走るというのでは、私たちの考える世界で戦うプランでは少し遅いわけです」



東京五輪に向けて、ハイレベルな戦いが繰り広げられるはずと語る瀬古利彦氏

 オリンピックの難しさのひとつに夏の暑い時期に練習を重ねてピークを合わせるということがある。瀬古リーダーも現役時代に初の夏マラソンとなったロサンゼルスオリンピックは14位に終わった。酷暑対策が上手くいかずピークを合わせられなかった。疲れが残る中でスタートラインに立っていた。

「MGC出場資格をクリアしている選手は、9月のベルリンマラソンあたりを視野に調整することができます。ベルリンなら夏に調子を上げる予行演習になるし、世界に名を売るチャンスもある。今年権利を取る選手はそれができない。その差は想像以上に大きいです」

 この秋、松田はベルリンマラソン、大迫と川内は10月初めのシカゴマラソンに出場する予定だ。

 最後に、MGCシリーズ1年目を終えて、一番期待している選手を聞いた。瀬古リーダーは少し考えてから答えた。

「大迫選手でしょう。ボストンで去年初マラソンを走って自分の足りないところを確認して、どうやったら次のステップに行けるかを考えた。そして福岡で修正して7分台で走った。この結果で自信をつけて日本記録を出すつもりだったろうけれど設楽選手に先を越されてしまった。もう次は5分台しかない。彼は狙っていると思います。ライバルたちのおかげでより高い目標を目指せるようになった。彼ならやれます」