マーカス・ウィリス(イギリス)はもともと、6月27日の月曜日はイングランド中央にあるウォーウィック・ボート・クラブで5歳から10歳の子供たちにテニスのレッスンをする予定だった。しかし、彼はとんでもない用事が入ってしまい、レッスンをキャン…
マーカス・ウィリス(イギリス)はもともと、6月27日の月曜日はイングランド中央にあるウォーウィック・ボート・クラブで5歳から10歳の子供たちにテニスのレッスンをする予定だった。しかし、彼はとんでもない用事が入ってしまい、レッスンをキャンセル! ウィンブルドン(6月27日~7月10日/イギリス・ロンドン)の本戦に出場し、そして、そこで勝利を収めたのだ。
彼の教え子たちは29日の水曜日も代わりのコーチを見つけなければならなくなった。その日、ウィリスは2回戦で第3シードのロジャー・フェデラー(スイス)と対戦する。ただ、教え子たちは胸を張って自慢するだろう。「僕らのコーチはウィンブルドンでフェデラーと対戦したんだ!」と言えるのだから。
「今は夢の真っただ中にいるんだ」という25歳のウィリスは、1レッスンで40ドルを稼ぐコーチが本業で、世界ランキングは772位。ツアー大会に出場するのは今回が初めてだ。
1回戦でギド・ペラ(アルゼンチン)を7-6(5) 7-6(3) 6-3で下したフェデラーも、「このスポーツの長い歴史の中でも最高のストーリーのひとつだ」とコメントした。
世界54位のリカルダス・ベランキス(リトアニア)を6-3 6-4 6-4で破ったウィリス。その勝利は小さな、小さな17番コートで、熱狂的な仲間たちが応援する中、起きたものだ。そして、この勝利は大会初日にもっとも話題になった勝利でもある。
フェデラーやノバク・ジョコビッチ(セルビア)など過去の優勝者たちがストレート勝ちし、一方で多くの高いランキング・ホルダーたちが大会を去った中、ウィリスは2回戦に進んだ。
ウィリスは、1988年の全米オープンで世界923位のジャレド・パーマー(アメリカ)が2回戦に進出して以来の、ランキングが低い選手のグランドスラム勝利となった。
「こんなことは実際に起きるものじゃないんだ」とウィリス。では、いったいどうやって起きたのだろうか?
ウィリスは10代の頃、2007年、08年のウィンブルドン・ジュニアで3回戦に進んだ。だが、その後は多くのケガに悩まされてきた。 「ハムストリングを2度も断裂したんだ。今年初めは膝を痛めたよ。朝目覚めて、ベッドから起き上がるのもたいへんだったほどの困難な時期を乗り越えてきたんだ」
「僕自身はルーザーだったと認めるよ。だって、明らかにオーバーウェイトだったし、鏡に映った自分に“俺は本来、こんな姿じゃないはずだ!”と語りかけたよ」
新たなガールフレンドの存在が彼を助けてくれた。プロのキャリアを断念し、フィラデルフィアに移って本格的に指導者の道を歩もうかと考えていたときに、 「彼女に辞めないように言われたんだ。だから続けたんだ」。
6月初めに、ウインブルドンの予選に出場するためのワイルドカード(主催者推薦)をもらえたイギリス人の中で最後の選手だった。 ブリティッシュ・ローン協会の特別イベントで3試合に勝利したおかげでつかんだ、ウィンブルドン予選のワイルドカードだ。そこでふたたび3試合に勝って、ようやく本戦出場の夢を叶えた。
左利きのサービス&ボレーヤーであるウィリスはベランキスを相手に、ブレークポイント20本のうち、19本をセーブした。そして、不規則に変化するスピンの効いたサービスで14本のエースを決めた。
試合が終わった直後、興奮する仲間たちに抱きつかれる前に、彼はガールフレンドの元へ駆けて行き、キスをした。
2回戦進出でウィリスは5万ポンド(約680万円)の賞金を獲得した。2016年の獲得賞金がシングルスとダブルスの合計で約3万7000円の男にとっては、悪くない獲得賞金だ。ウィンブルドンが始まる前の生涯獲得賞金も1億円に満たない。
「毎週こんなふうにうまくはいかないと理解しなきゃいけない。ツアーの真実は厳しいものだ。僕はランキング100位以内を目指している。そのためにはハードワークが必要だし、かなりレベルアップしなければならない」
次の対戦相手はウィンブルドン史上最多タイの7度の優勝を誇る、あのフェデラーだ。「彼は芝生の上でもプレーできるのかい?」とウィリスはポーカーフェイスで冗談を言っていた。
それから、「スタジアム付きのコートでプレーするのは、若い頃からの夢だった。テニスの試合に勝つために、あのコートに立つんだ。たぶん負けるだろうけど、いや、どうかな?」。(C)AP(テニスマガジン)