秋田県勢103年ぶりの決勝進出、名将・野村克也の“右腕“松井氏が「驚いた」場面とは… 第100回全国高等学校野球選手権記念大会は20日に準決勝が行われ、第1試合は金足農(秋田)が2-1で日大三(西東京)を破り、秋田県勢として第1回大会の秋田…

秋田県勢103年ぶりの決勝進出、名将・野村克也の“右腕“松井氏が「驚いた」場面とは…

 第100回全国高等学校野球選手権記念大会は20日に準決勝が行われ、第1試合は金足農(秋田)が2-1で日大三(西東京)を破り、秋田県勢として第1回大会の秋田中(現秋田高)以来103年ぶりの決勝進出を果たした。エースの吉田輝星投手が強打の日大三を相手に9回9安打1失点7奪三振と力投。134球を投げきり、5試合連続の完投で勝利をつかんだ。

 ついに金足農を頂上決戦まで導いた剛腕・吉田。名将・野村克也氏の“右腕”としてヤクルト、阪神、楽天でヘッドコーチや2軍監督を務め、鳴り物入りでプロ野球の世界に飛び込んできた若手選手を数多く指導してきた松井優典氏は、「プロでも即戦力として十分に活躍できる」と改めてその能力を絶賛した。1回戦を終えた時点で、吉田について「洗練された完成度の高い投手」と高く評価していたが、この日の投球には驚かされる場面があったという。松井氏が「吉田君という投手の全てが集約されている」と表現したのが、終盤に投じられた2つのボールだ。

 まずは2点リードで迎えた8回1死一、二塁のピンチ。ここで打席に迎えたのは、日大三の主砲・日置。吉田はカウント2-0とボール先行になったが、3球目に真ん中付近への123キロを投じて見逃しでストライクを取り、その後、レフトフライに仕留めた。続く大塚に適時打を許して1点差とされたものの、踏ん張ると、9回も当然マウンドへ。ここでも先頭の代打・小沢に0-2とボールが先行したが、再びど真ん中へ135キロを投げて見逃し。その後、ニゴロに仕留めた。9回は不運な内野安打などで2死一、二塁とされたが、無失点に抑えて逃げ切り。勝利を掴み取った。松井氏は言う。

「一番驚いたのは8回のピンチでバッター日置君を迎えた場面です。カウント2-0からど真ん中。あれを投げるか、というボールでした。そして、9回の代打・小沢君のところでも、カウント2-0からど真ん中でした。あの2球に吉田君の全てが集約されています。彼の身体能力、精神力、そして、知能。つまり、考える能力です。この3つが本当に集約された2球だったと思います。

 8回の場面などは、あんな状況の中で3番打者に真ん中へのボールなんてまず投げられません。あれを打ってこないと思う、相手に対する確信のようなものがあったのでしょう。そうでなければ、真ん中には投げられません。あの2球に感服しました」

 2ボールになってからの3球目。投手が不利な状況での投球には、プロでも細心の注意を払う。ただ、吉田は終盤の大事な場面で2度に渡って大胆な投球を見せた。

「吉田君はいろいろなものが高いレベルで完成されている投手」

「2-0という不利なカウントになったとき、プロにも『原点能力』を要求します。『原点』とは、外角低めへのボールです。その『原点能力』をどう身につけるかというのは、プロの投手にとって大きな課題になります。なぜ『原点』かというと、バッターが打ってきても間違いが小さくなるようにです。

 吉田君は、結果から見て『ど真ん中は打ってこない』と思っていたのでしょう。そういう勘なのか、確信なのか。あのど真ん中の2球はしびれました。これまでも、終盤にアウトコースへのボールで最速を出すとか、この投手の能力にはこれだけのものがある、というのは感じていました。凄いボールがあって、メリハリがきいて、と。そういう評価でした。ただ、今日の8、9回のあの2球を見たときに、もっとすごい能力を感じました。

 最高のピッチャーとしての評価ができる。プロ野球に入ったとしても即戦力として十分に期待できる。スタミナもあるし、変化球の種類も多い。1年目からローテーションでやっていける能力がある。それにプラスして勝てるピッチャーです。球数が増えてきたら牽制をきちっと入れて間を作るといった能力もあります。例えば、もっと真っ直ぐの速い投手はいます。ただ、吉田君はいろいろなものが高いレベルで完成されている投手。打たれ強いし、精神的にも強く、エラーしても動揺する素振りも見せない。久しぶりに見る好投手です」

 松井氏はさらに、吉田の「野球脳」の高さも高く評価する。これも8回の場面。大塚の適時打で1点差に迫られ、2死一、二塁で打席には左打者の中村。2球で追い込んだバッテリーは、真っ直ぐでファウルの後、最後は落ちるボールで空振り三振に仕留めている。

「日大三は左打者が吉田君の攻略に対する研究の跡が見えて、もし逆転する可能性があるなら、5番の中村君のところにどういう形でランナーを置いていくかだと考えていました。ところが、吉田君は7回に6番からをビシッと3者凡退に切った。これで走者を置いて中村君に回るのは難しいかなと思ったのですが、8回にチャンスで回ってきました。

 4回には外に投げておけば打たれないという中で中村君にレフト前に運ばれましたが、7回は落ちるボールで三振を取りました。吉田君は今大会ここまで追い込んでから外の真っ直ぐで三振を取ってきましたが、中村君は全部ついてきていた。バッテリーは中村君が嫌だったと思います。そこで見切って、最後に勝負球で落ちるボール。バッテリー、吉田君は前後のバッターや前の打席などの情報が全部頭に入っているのだろうと感じました」

「金足農の野球は、すべて吉田君につながっています」

 一方で、打線は決して爆発力はないものの、またしてもしぶとく点を奪い、勝利をものにした。ただ、大阪桐蔭という「横綱」相手の決勝戦では、打線が課題になるという。それだけに、どうしても吉田の投球が鍵になると松井氏は見ている。

「この試合も先制点はラッキーな1点でした。チームで見れば、金足農は打つということでは日大三には負けていました。打つことに対しての工夫は少し足りないかなと見えます。攻撃は役割が徹底されていて、それぞれがいい仕事をしています。自分の役割をどう果たすか。そういう徹底ができています。

 ただ、打つということについては、金足農のバッターは相手ピッチャーとの兼ね合いでどう能力を生かすかというのが、ちょっと見えません。決勝まで行くと、そういったところも許してくれない試合になるとは思います。そう考えると、やはり吉田君頼みになる。根尾君も藤原君も左打者です。この試合では日大三の左打者に研究されていましたが、彼らはもっと能力が高い。ファウルになっていたボールを前に飛ばされるかもしれません。それだけに、吉田君がどういう投球をするか、楽しみですね」

 神懸かり的な勝ち方で勝ち上がってきた金足農が大阪桐蔭を相手にどんな試合をするのか。熱戦への期待は高まる。ただ、その中心にエース右腕がいるという状況に変わりはない。

「神懸かり的な勝ち方のベースとなってきたのは吉田君です。日大三の最後の左飛は、レフトが前に来ていたら抜けていたでしょう。一塁走者を抑えにいった作戦が当たりました。ベンチの勝利だったかもしれませんが、それも吉田君への信頼感があるからこそ。延長になっても、吉田君がいれば何イニングかこなせば勝てるという気持ちもあったかもしれません。だから後ろに守らせていた。打てなくても、バント、バントで1点を取りに行く攻撃もそうです。金足農の野球は、すべて吉田君につながっています」

 優勝候補の大本命・大阪桐蔭に、エースを中心にミラクルを起こしてきた金足農が挑む。100回大会にふさわしい決勝は、どんな結末を迎えるだろうか。(Full-Count編集部)