ときおり中学軟式野球の世界を取材していると、驚かされることがある。それは指導者の発する熱量が尋常ではないということだ。

 全国的には名前を知られていない監督が、ものすごいアイデアマンで理論家ということも珍しくない。生徒のために熱心に勉強し、野球に情熱を傾ける中学軟式指導者を何人も見てきた。そして、こう思うことも少なくなかった。

「この人なら、高校硬式野球でも結果を残せるんじゃないか?」



高知商を12年ぶりの甲子園へと導いた上田監督

 中学野球には中学野球ならではの難しさ、高校野球には高校野球ならではの難しさがある。だが、チームマネジメント力、試合の流れを読む勝負勘は、中学軟式だろうが高校硬式だろうが共通点はあるに違いない。今夏の甲子園大会には、元・中学軟式指導者の監督が3人いた。そのひとり、高知商の上田修身(おさみ)監督は言う。

「開会式では3人で写真を撮りましたよ(笑)。狭間(善徳/明石商)は日体大の3年後輩やし、須江くん(航/仙台育英)は急に監督になって大変だったろうに甲子園に出てすごかったですね」

 上田監督は高知商OB。高校3年生だった1980年春には主将を務め、エース・中西清起(きよおき)らとセンバツ優勝を経験。日本体育大卒業後は高知県の公立中学校で指導者を務め、高知市立城北中の監督時代には藤川球児(阪神)を指導した。

 2015年に長らく低迷していた高知商の監督に就任すると、今夏は高知高、明徳義塾という近年の高知県をリードしてきた両雄を破って12年ぶりに甲子園へと導いた。

 明徳義塾の好投手・市川悠太から14安打10得点を奪った強打線は、甲子園でも火を噴いた。初戦の山梨学院(山梨)戦は14対12という壮絶なスコアで勝利。2回戦の慶應義塾(北神奈川)戦も12対6と快勝。3回戦で済美(愛媛)に敗れたものの、名門復活をアピールしただけでなく、「強打」という新たなイメージを全国に植えつけた。

 だが、上田監督は意外な言葉を口にする。

「私は、本当は守りが好きなんです」

 中学軟式野球時代から「守りでリズムをつくる野球」を教えてきたという。だが、変化が生まれたのは2017年4月に高知商に異動してきた梶原大輔部長の影響だった。

「部長から『明徳に勝つには打たんと勝てませんよ』と言われてね。ベースは守ること。その大切さは変わりませんが、『守り勝つ野球』から『守り打ち勝つ野球』になりました(笑)」

 高知商の打撃練習を見ていると、とにかく打者のインパクトの強さが印象的だった。そんな感想を梶原部長に伝えると、「そこだけなんです」とうなずいた。

「多少の打ち損じはいいから、当てにいくのではなくインパクトで力を強く伝えられるように振る。もちろん試合になれば対応しなければならない場面もありますが、練習では強く振るよう伝えています」

 強く振るためにトレーニングにもこだわっている。「見栄えのいい体を作っているわけではない」と梶原部長が語るように、高知商の選手はとりたてて体が大きいわけではない。それでも、柔軟性を高めた上で計画的に筋力トレーニングを積むことで、野球のプレー中に力を発揮できる体ができあがる。梶原部長は「四国の野球をここから変えたいんです」と意気込む。

 実は梶原部長も中学軟式野球部の指導経験があり、しかも上田監督がいた中学と隣の中学に赴任していた。上田監督は「部長の中学はグラウンドが狭かったので、よく合同練習をしていましたよ」と語る。それ以来、15年来の付き合いになる。

 高知商は他にも、ベースボールコンサルタントの和田照茂氏(現・日本ハムファーム統括トレーナー)の指導も導入していた。選手に聞くと、「和田さんに教わったことで、走塁で状況に応じた選択肢を考えられるようになって、戦術面の理解が進みました」(藤田昂志郎・3年)と確かな効果を感じたようだ。

 梶原部長にしても和田氏にしても、56歳の上田監督にとってはひと回り以上も年下の指導者である。選手としても指導者としても実績とキャリアがありながら、OBですらない若い指導者の助言を聞き入れる度量の大きさはどこから来るのか。上田監督に聞いてみた。

「同じことをやっても、同じ結果しか出んからね。それは中学指導で学んだことかもしれません。伝統校は何かと縛られやすいけど、中学では『こうすべき』という縛りがないから自分の色を出せる。部長にしても和田くんにしても、外からウチを見て弱みがわかるわけですし、私より勉強しているのですから聞くのは当然ですよ」

 すでに高校硬式指導者になって10年以上の年月が経っているが、中学軟式指導者としての実績がずば抜けているのは明石商(西兵庫)を率いる狭間善徳監督である。

 明徳義塾中の監督として全国大会優勝4度。大学の先輩である上田監督は「彼が監督になりたての頃は2年続けて勝ったこともあるけど、その後はどんどん強くなってしまった。かわいくない後輩ですよ」と笑う。

 その卓越した指導は高校硬式でも健在だ。2016年春のセンバツではベスト8に進出し、今夏は初めて夏の甲子園に導いた。セカンドを守る植本亮太は「狭間野球」の特徴をこのように語る。

「監督がよく言うのは『野球は時間を使えるスポーツだ』ということです。バッティングも守備も『間(ま)を感じる』ことを大事にして、ボールがくるところをしっかりと見てタイミングを取ります。時間を大事にすることで、時には守備中にタイムを取ってピッチャーに声を掛けたり、時間をうまく使えるようになりました」

 鋭く繊細な戦術眼も狭間監督の武器で、試合中にベンチで相手投手のクセをズバリと言い当てることもしばしば。そんな監督の近くで野球を学んでいるからか、「中学時代はクセなんて全然わかりませんでしたけど、高校で研究を重ねて見えるようになってきました」(植本)と選手の野球観がガラリと変わる。

 夏の甲子園初戦では八戸学院光星(青森)と対戦。狭間監督は試合映像だけでなく「青森の新聞をすべて読みました」と語るほど分析、研究して臨んだという。一時は6点リードを許したものの、追いつき延長戦にもつれこむ大熱戦。8対9で惜しくも敗れたが、その実力は見せつけた。

 3人目の中学軟式出身監督は、仙台育英(宮城)の須江航監督である。まだ35歳ながら、チームビジョンと指導方針を語尾まで濁すことなく明快に話す口ぶりからは、すでに「未来の名監督」の匂いがする。

 2017年12月に不祥事があり、前任の佐々木順一朗監督が辞任。翌1月から監督に就任したのが、系列校の秀光中等教育学校で監督を務めていた仙台育英OBの須江監督だった。6カ月の対外試合禁止処分を受け、逆風からのスタートになった。

「恩師である佐々木さんの残してきた選手の主体性、自主性は絶対に残そうと考えていました。そこへ丁寧さ、献身さを加えていけば、今までにない野球部になるはずだと考えてやってきました。カバーリング、バックアップ、駆け抜けの全力疾走。やると決めたことをやり抜くことが、高校以降のステージにもつながっていくはずです」

 秀光中時代はデータを活用するタイプの指揮官で、高校野球よりも出場枠が少ない全国大会に2010年から9年連続で出場権獲得へと導いた実績がある。

 しかし、高校硬式の指導はまだ半年あまり。夏の甲子園出場権を獲得しただけでも快挙だったが、浦和学院(南埼玉)との初戦は0対9と大敗だった。

「勝ちたい選手が目の前にいて、勝利に導けませんでした。指導者として、2018年8月12日という日を一生忘れないようにしたいと思います」

 そんな須江監督に、「中学軟式」と「高校硬式」の大きな違いについて聞いてみた。

「1点の重みが違います。ボールの性質上、軟式よりも硬式のほうが安打数は増えるので、1点を取られることの重みが違ってきます。あとは中学軟式の7イニングから高校硬式は9イニングと増えるので、ゲームプランニングが変わります。9イニングあれば落ち着いて試合ができて、後半に逆転できます。ただ、失点のコントロールが難しいので、展開を読み切るのが難しいですね」

 2018年1月まで指導した秀光中は、仙台育英OBで大卒2年目の小杉勇太監督が引き継ぎ、8月21日から始まる全国中学校軟式野球大会へとコマを進めた。最速147キロ左腕の笹倉世凪(せな)、最速144キロ右腕の伊藤樹(たつき)という左右二枚看板を擁する強力チームである。

「秀光中の選手たちがいずれ仙台育英に進んで、この甲子園での悔しさを晴らしてくれると思います」

 須江監督は最後にそう語って、甲子園をあとにした。

 中学野球と高校野球はつながっている。その現場で汗を流す指導者もまた、時に人材が行き来する。甲子園監督が光を浴びる一方、中学野球の世界にも確かな指導力を持った「無名の名監督」が存在している。そのことを今大会に出場した3人の中学軟式出身監督が証明してくれたような気がした。