1993年春夏連続で甲子園出場を果たし、夏の聖地で1勝を挙げる 今夏で100回大会を迎える全国高校野球選手権記念大会。長い歴史の中で数々の名勝負、ドラマが生まれてきた。今回フルカウントでは選手、コーチたちに甲子園を目指した高校3年最後の夏を…

1993年春夏連続で甲子園出場を果たし、夏の聖地で1勝を挙げる

 今夏で100回大会を迎える全国高校野球選手権記念大会。長い歴史の中で数々の名勝負、ドラマが生まれてきた。今回フルカウントでは選手、コーチたちに甲子園を目指した高校3年最後の夏を振り返ってもらった。今回は上甲正典監督の元、最速147キロの剛腕を武器に春夏連続で甲子園に出場した宇和島東高校・平井正史投手(オリックス1軍投手コーチ)。

 1993年夏。愛媛大会を制し春夏連続で甲子園出場を果たした平井。147キロの直球を武器に大会のNo1投手として注目を集めた。初戦の相手は三重海星高。「春は初戦で負けてたので。自分たちの代で何とか上甲監督に1勝を挙げたかった。調子も良かったしストレートも走っていた」平井は前評判通りの剛腕を見せつけ完投しチームは5-1で勝利した。

 続く2回戦は桐生第一。足で揺さぶりプレッシャーをかける桐生第一打線。スクイズで先制を許すと、徐々に疲れの見え始めた平井の直球、変化球は相手のバットに捉えられる。「調子も悪くなかったけど。今見たら普通に打たれてる。やっぱり金属バットは当たったら飛んだなと」。初戦に続き完投したが7安打7失点で最後の夏を終えた。

■甲子園で見せる“上甲スマイル”は「逆に気持ち悪かった(笑)」

 全国制覇も目指せるメンバーが揃っていた剛腕・平井を擁する宇和島東の夏は2回戦敗退。チームメートが涙し、甲子園の土を集めている姿を、平井はベンチで座りながら見ていたという。「もうやりきったという思いしかなかったから。『暑いなぁ』ってベンチに座ってた(笑)。一つ勝つこともできた」

 ただ1つ、高校3年の夏にやり残したことがあった。「今だから話せるけど、本当は甲子園に行けないと思って。県大会前は友達と『自転車で四国一周の旅行に行こう!』と話していて(笑)。新しい自転車を買って。だから、甲子園に行くことは“予定外”だった」。仲間との旅はお預けとなり、新品の自転車は自宅に眠ったままとなった。

 普段は厳しい上甲監督が甲子園の時だけ見せる“上甲スマイル”は選手たちにとってどう映っていたのか。入学当初から学校のグランドには怒号が響き、上甲監督の恐ろしさは嫌というほど味わった。それでも聖地で見せる笑顔の裏には選手たちへの思いが詰まっていた。

「甲子園では嫌でも緊張する。だから、怒ったりして萎縮させるのが嫌だったと聞きました。でも、俺らからしたら逆に気持ち悪かった(笑)。だって、普段の姿を知ってるからね。今の時代じゃ絶対にアウトになることも色々あった。けど、やっぱりそれもいい思い出。高校野球を終えてから改めて上甲監督の元で野球ができてよかったと胸を張って言えますね」(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)