5日から10日までオーストラリア・シドニーで開かれた世界選手権で、ウィルチェアーラグビー日本代表は、リオパラリンピック金メダルのオーストラリアを撃破し、初の世界チャンピオンに輝いた。



最年少16歳の橋本勝也(左から2番目)と最年長の岸光太郎(右から4番目)

 4年に一度行なわれる世界選手権には12カ国が出場した。2グループに分かれて争う予選リーグは、それぞれ上位2カ国が決勝トーナメント出場の権利を得られる。

 2年後の東京パラリンピックで金メダルを目指すA組の日本は、リオパラリンピック金メダルのオーストラリアに52-65で敗れたものの、世界ランキング6位のスウェーデンに苦戦しながらも勝利するなど、4勝1敗の2位で決勝トーナメントに進出した。

 続く世界ランキング2位のアメリカ戦では、序盤から緻密なラインディフェンスで相手エースを封じることに成功。51-46で歴史的勝利を収め、これまで最高だった2010年バンクーバー大会の銅メダルを超えて、銀メダル以上が確定した。

 勢いに乗った日本は、世界ランキング1位のオーストラリアと決勝で再度対戦。障害の軽いハイポインター(※)を中心とした、日本らしいスピーディーな展開を貫いて接戦を制し、62-61で初めて世界の頂点に上った。
※ウィルチェアーラグビーは四肢まひや四肢欠損の人のためにカナダで開発されたスポーツで、選手には障害のレベルにより持ち点が与えられる。障害が軽いほど点数が高く、コート上の4人の合計は8点を越えてはならない。

 日本チームの中心は、世界屈指のスピードを誇る40歳の池崎大輔、キャプテンを務める38歳の池透暢。そして、彼らが得点するときに進路をつくる重要な役割を果たしているのがチーム最年長47歳の岸光太郎(AXE/埼玉)だ。

 障害クラスはコート上で最も重い0.5点。合宿や遠征ではスタッフから生活面のサポートも受けながら、ロンドンパラリンピック、リオパラリンピックの日本代表として活躍してきたチームの最強ラインの一員である。今大会で1試合フル出場することもあった”守備の職人”は、優勝を決めると涙で声を詰まらせた。

「(銅メダルを獲得した)リオの時も苦しかったし、最後まで走り抜くのはいつも本当に苦しい。大会中は、できるだけ疲れが抜けるように、スタッフに全力でケアしてもらって……。前日に『明日も頑張ろう』という気持ちでいられたのが今日につながったと思います」

 競技歴は21年。大学生時代にバイク事故で頸髄を損傷し、車いす生活に。リハビリのために入院した病院で勧められたのがウィルチェアーラグビーだった。デモンストレーションを見に行ったとき、競技技用車いす”ラグ車”のカッコよさに一目で惹かれた。憧れの日本代表の座をつかんだのは2009年。翌2010年の世界選手権ではチームの中でもっとも長くプレーして銅メダル獲得に貢献した。

 2016年にリオパラリンピックで悲願の銅メダルを手にして以降も、「(自分のポジションに)若手が出てくるのはうれしい。でも、日本代表の席は簡単には譲れない」と闘志を燃やし、自宅でも、スタミナ強化のための食生活改善や筋トレに取り組むようになった。

 もっとも、ローポインターは、相手を削るパワーやスピード以上に、先を読む技術や経験値が重要だ。障がいの重い選手は、相手の動きをブロックするバンパーが装着されている守備型の車いすに乗って戦うのだが、岸が心掛けているのは「バンパーに頼らないプレーで、最後にガツっと当たってひっかけること」。ナンバーワンプレーヤーの車いすの漕ぎ出しを1秒でも遅らせることができれば、日本の優位な展開に持ち込めるチャンスが生まれる。

 決勝後、「相手選手をもう少し長く止めたり、あと少しスペースを削ったり、まだまだやれたんじゃないかなという気持ちもありますけど、要所要所ではいい仕事ができたんじゃないかなって思います」と振り返った岸。地味な役割だが、「相手車いすをひっかけるのが快感」とこの競技の醍醐味を語っており、「ラグビーがすごく楽しい。こういうコートにいるっていうのはとても気持ちいいんです」と充実感を漂わせた。

 一方、チーム最年少16歳の橋本勝也(TOHOKU STORMERS)は、昨年4月に選手登録し、今年6月のカナダカップで国際戦デビューを果たしたばかりの高校1年生だ。リオ後、日本代表のヘッドコーチに就任したケビン・オアー氏が育成に力を入れている選手で、生まれつき手足に欠損の障がいがあり、障害が最も軽い3.5クラスの大砲になる素質を買われている。

 初戦のアイルランド戦に初出場した橋本は「チームがリードしていた状況だったのでやりやすかった」と振り返るも、終盤までリードされたスウェーデン戦や接戦を制したアメリカ戦は、ベンチで見守りながら「もし自分がコートに出たら、逆に点差を広げられちゃうんじゃないかな……」と不安な気持ちだったと明かす。

 だが、元来、負けず嫌いな性格。今大会は予選のオーストラリア戦で世界最速プレーヤーと呼ばれるライリー・バッドとのマッチアップを経験し、何度も転倒しながら、「いくら相手が格上とわかっていても、一対一で抜かれるのはすごく悔しい。ライリーは漕ぎ出しが速く、すべてがお手本になるし、自分がやりたいことをすべて見透かされている気がした。通用したところはひとつもない」と悔しさをあらわにした。

 オアー氏は、個性豊かな選手が揃うチームにさらなる可能性を感じている。

「勝也と障がいが似ているライリーも14歳で競技をはじめ、今はこれだけの名選手になった。だから、16歳の彼はハイレベルな戦いを見るために、ここにいること自体に意味があったし、たとえ出番が少なくてもライリーに激しいタックルをされたことが勝也にとって収穫になったはずだ。日本代表は、従来の選手の組み合わせに加えて、新人の彼を起用したことで、世界に2020年東京パラリンピックにつながる伸びしろを見せられた」

 金メダルを手にした橋本の目標も「東京パラリンピックのメンバーに選ばれる」ことから、「活躍すること」に変化した。

「次はコートで長くプレーしたい。次はライリーとも互角に並走できるように、練習量を増やしてがんばりたい」

 その橋本とは「親子ほどの年齢差」の岸はこう話す。

「今大会は同部屋で過ごし、最近のアイドルの話はこちらが教えてもらう一方だけど(笑)、勝也との年齢差は感じない。一緒に戦う仲間だと思っている。今回頂点に立ちましたけど、チャレンジャーの気持ちを忘れずに、次の試合、そして2020年の本番に向けてさらに練習を続けていきたい」

 16歳と47歳。年齢も障害も異なるが、次の東京で金メダルを獲りたいという目標は同じところにある。