甲子園初戦の試合前。顔つきが大人びてきたような気がしたので尋ねると、本人は目を見開いて「そんなことないですよ?」と否定した。

 気のせいだろうか。夏の南神奈川大会決勝・鎌倉学園戦のマウンドに上がったときの顔は、あどけなさを残した「球児」から「野球選手」へと成熟しつつあるように見えた。ただし、マウンド上での鋭い眼光とはうってかわり、グラウンド外では強烈に自己主張することもない普通の高校2年生である。



最速152キロを誇る横浜の2年生左腕・及川雅貴

 横浜高校のサウスポー・及川雅貴(およかわ・まさき)は、中学3年間を千葉県の匝瑳(そうさ)リトルシニアでプレーしている。私は『中学野球太郎』(廣済堂出版)という中学野球専門誌で「菊地選手」と名乗り、注目の中学生投手を紹介するため実際に真剣勝負するという企画を続けている。2016年11月、侍ジャパンU-15代表のエース格だった及川とも対決させてもらった。

 匝瑳市の最寄り駅まで迎えにきてくれたのは、及川の母・直美さんだった。直美さんはしきりに「寮に入れるのが心配で……」と、息子の行く末を案じていた。その時点で横浜高校への進学は決定的だったからだ。

 グラウンドに着くと、及川本人が挨拶に来てくれた。ただ、白の練習用ユニフォームに身を包んだ34歳のおっさんの登場は、当時15歳の少年には戸惑いしか与えなかった。私は高校時代、西東京大会ベスト32という実に中途半端な戦績のチームの3番打者である。未来のスター候補に一矢報いてやろうと燃えていた。

 ノーワインドアップからゆったりと右足を上げて、体重移動で加速をつけてしなやかに左腕を振り下ろす。「ピチッ」と音が聞こえてきそうな弾きのいいリリースから投げ込まれるストレートは、当時最速139キロまで計測していた。

 正直に言えばその美しいフォームを見た時点で「無理だ」と思ったが、今さら引き返すことはできない。観念して打席に入り、その第1打席。及川が投じた真ん中付近のストレートを私が振り抜くと、「キィ~ン!」という快音とともに、ライナーでライト線へ飛んでいった。中継プレーがもたつく間に私は三塁まで到達。なんと三塁打になってしまった。

 だが、「あの怪腕を打ってやったぞ……」という感慨にふける間もなく、私は及川の真の恐ろしさを知ることになる。

 2打席目以降は、文字通り手も足も出なかった。明らかに1打席目よりもエンジンのかかった腕の振りで、強烈なスピンの効いた快速球が「シュルシュル」と音を立てて伸びてくる。とくに外角低めのストレートは、左打者の私には遠く見えて反応すらできなかった。

 振り遅れないようストレートのタイミングで待っていると、あざ笑うかのように縦に割れるスローカーブでカウントを取られ、縦・横・斜めに変化する3種類のスライダーは追いかけても当たる気配がしなかった。結局、その後の3打席はすべて三振に斬ってとられた。後に残ったのは、敗北感だけだった。

 対戦後に聞くと、やはり1打席目は私を侮っていたようだ。

「打たれてから気持ちを入れ直して、そこからは大会モードで投げることができました」

 私は近い将来、よっぽどのアクシデントが起こらない限り、この左腕が高校球界を、そしてドラフト戦線を賑わす日が来るに違いないと確信していた。

 あれから2年と経っていないというのに、及川の名前はすでに全国区になりつつある。ストレートの球速は最速152キロまで達し、早くも2019年のドラフト上位候補という声も聞こえてくる。ただし、本人が「エースの板川(佳矢)さんと違って、僕は波があるので……」と語るように、不安定な投球を見せることが多い。

 中学時代から大きく変わったことがある。それは、球種をストレートと横のスライダーの2種類に絞っていることだ。及川は言う。

「いろんな球種をコントロールするのは大変ですし、リリースでなでるようなクセがついてしまうんです。まずはストレートの質を上げようということで、監督・コーチとも話して球種を絞っています。今、スライダーはストレートと同じ感じで腕を振れていますし、ストレートの質もよくなってきました」

 今夏の南神奈川大会では4試合、13回1/3を投げて6失点と今ひとつの成績に終わった。それでも、決勝戦の鎌倉学園戦では最終回にピンチを招いた万波中正を好リリーフして、胴上げ投手になっている。

「南神奈川大会ではヒップファースト(投手がステップする際に臀部から体重移動をする技術のこと)がうまくできていませんでした。今はちゃんとヒップファーストでタメを作って体重移動ができるようになっています」

 愛産大三河(東愛知)との試合前にそう語っていた及川だが、試合に入ると思わぬ落とし穴が待っていた。先発した板川が8イニング無失点の快投を見せ、7対0と大量リードした9回表、及川が満を持してマウンドに上がった。ところが、投球練習中に捕手の角田康生を通じて「2段モーション気味だから気をつけなさい」という球審からの注意が入った。

 ヒップファーストを重視した及川は、まずは軸足でしっかりと立つことを意識していた。ところが、前足を上げる動作が球審には「2段モーションに見える」というのだ。やむを得ず、及川は投球フォームを以前のものに戻して投球せざるをえなかった。

 それでも、「相手は速球対策をしているからスライダーを多めにしよう」という角田の好リードによって、スライダーで2三振を奪い、無失点に抑えた。及川が「いいところに投げられた」と納得したスライダーは、ストレートの軌道から右打者のヒザ元に食い込むように曲がった。打者の戦意を喪失させるような、えげつないキレだった。

 変化球中心のわずか12球。それでも最後はこの日最速の145キロのストレートで詰まらせ、ショートゴロで試合を締めた。

「去年の秋に鎌倉学園に負けて、それからは冬のトレーニングを人一倍頑張ろうと取り組んできました。オフの日も金子(雅)部長にメニューを組んでもらって、四股や伸脚などストレッチ要素のある内転筋を鍛えるトレーニングをしています。去年より下半身がブレなくなって、コントロールが安定してきていると思います」

 横浜高校の野球部員は練習が休みの月曜日に実家に帰る部員も多いが、オフ返上で体づくりに取り組んだ及川は「年末年始以外は全然帰れていません」と笑う。

 甲子園2回戦で戦う花咲徳栄(北埼玉)とは7月上旬の練習試合で対戦し、8回1失点と抑えている。とはいえ、1年生スラッガーの井上朋也に本塁打を浴びたことを覚えており、気を緩めることはない。さらに、2段モーションと疑われないためのフォーム修正という大きな宿題も残っている。

 最後に「『他の球種を投げられたらラクなのに……』と思うことはない?」と意地悪な質問をすると、及川は冗談めかして「たまに思います」と言った後、こう続けた。

「でも、今はこれでいこうと決めたので」

 及川が見ているのは、目先の地平ではない。さらにその先の世界を目指して、驚異のサウスポーの冒険は続く。