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 2年前の8月14日のゲームを覚えているだろうか。お互いに1回戦を勝ち上がって、八戸学院光星と愛知・東邦の2回戦が行われた。

 前半、光星の打線が活発で、2対9と7点差をつけて大勝ムード。東邦は7、8回で3点を返して9回裏を迎えるところで4点差。
甲子園がここから異様な劇場になったことを記憶に残している人もいるだろう。東邦のブラスバンドの金管楽器の音に乗って、球場全体が調べを合わせて、手に持ったタオルを回し始める。
 9回裏、東邦は一挙、5点を挙げ逆転サヨナラ勝ちするのだ。

 光星はそれ以来、2年ぶりの甲子園。仲井宗基監督は生まれ変わった光星をゲーム前に語る。
「うちが変わったのはあの東邦戦がきっかけ。大逆転負けは自らがまねいたんです。全力疾走を怠ったとか、ジャッジに不満を漏らしたことはなかったか。普段の生活もだらしがないとプレーに現れる。今度はうちが甲子園を味方につけるような野球をしよう。全力プレーをして手本になるような魅力あるチームになろう。応援して貰えるチームになろう」

 光星と対戦する西兵庫代表の明石商は初出場夏は3年連続で県大会の決勝で涙を飲んできた。そして率いる狭間善徳監督は「明徳義塾で馬渕(史郎監督)さんの元で学んだことが大きな財産になってます」と言うように、高知の名将の下で長年コーチをした。明徳義塾中の監督で全国優勝の経験もある。明石市の職員公募で採用され、2007年から明石商の監督に就任。そこから同校は強くなった。初出場といっても実力校なのだ。
「私はコーチ時代、甲子園で何回もノックを経験して慣れてます。5、6点勝負。5人のピッチャーでとことん詰めてきた。11年やってきて打力は一番いいかな。129人の部員の思いを持ってやる」
 狭間監督は意気込みを語った。

 光星は初回、4番の東謙太郎がライトに2ランホームラン、2回にも4安打を集中、相手のエラーも絡んで一挙、4点をあげた。4回にも1点を追加して、その時点で7対1と大量リード。
 展開は一昨年と同じようにたどる。
 だがゲーム前、仲井監督は強調していた。胸に留め置いた覚悟が違う。
「タフなゲームになる。必ず、もつれる」
 言葉通り、明石商の反撃が始まった。それとともに声援の第一波がやってきた。
 四回裏、まず、3番の田渕翔の2点差に詰め寄るヒットが出た時は、明石商のブラスバンドの演奏する曲、「アゲアゲホイホイ」のリズムに乗って、観衆の手拍子は光星のアルプス席のすぐ隣まで迫っていた。
光星は5回表に東がこの日2本目のソロで波を一旦、押し返す。しかし、「アゲホイ」のもう一波は7回裏。明石商はついに8番、山本健太朗のスクイズで追いついた。どうなんだ、同じ展開を繰り返すのか。

光星の小坂貴志部長が言う。
「相手の声援が大きくなっていったのは、私もわかってました。スタンドを見回しましたから。でも、選手が跳ね返そう、と言っていたので、大丈夫だと思いました」
 2年前を今年の3年生の多くはスタンドで、その光景を目撃している。
今日は控え選手としてベンチで見守った光星の3年生の一人、吉田和永がベンチの様子を語る。
「東邦戦を思い出しました。監督も含め選手全員で集中、気持ちや。技術なく気持ちやと言い合っていました」
 今年のチームは精神的に成長していた。仲井監督も感じ取っていた。
「今年のスローガンは『一丸野球』。あのスタンドの景色で全員のハートに火がついた」

8回の二死1、3塁、9回の一死2塁のピンチを8回から救援した中村優惟が断つ。そして延長十回表、四球で出た矢野虎弥をセカンドにおいて中村がレフト前に。守備の送球が乱れる間(記録はエラー)に決勝点を奪った。
投打に活躍した中村は相手の声援を自分の力に変えた、と言う。
「甲子園はすごい場所。決勝打で勝ち越した瞬間は最高でした。同点という最高の場面の登板でした。2年前の悔しさを晴らそうとチームでやってきた」
 そして長南佳洋主将。
「地元(兵庫)の大声援は想定済みでした。2年前のあの経験がプラスになっている。全員で攻めて守り抜こうと話していた」

 実は光星には勝たねばならない理由がもう一つ、あった。2日前に闘病していた2年生の野球部員が亡くなったという。選手に伝えられたのは、昨日。
「彼の思いも背負ってチーム一丸、頑張ろうと。彼も喜んでくれると思う」と仲井監督は目を赤く腫らした。

9対8。2時間57分の濃密な試合。ヒット数は明石商が13本対12本で上回った。そして、お盆休み突入の土曜日で朝から満員札止めの大観衆。明石商には今大会最大の声援があった。
「スタンドが揺れてましたね。すごい力になりました」
狭間監督はゲーム後、感謝した。
応援は時に味方になったり、敵になったりする。優しかったり、酷かったり。
 光星の控えの3年生、豊田勝利の言葉が球場の人たちの気持ちを代弁していたように思う。
「地元の大歓声というのは自然なことです。応援は量よりも思い。そんな気がします」

ゲームセットの瞬間は大きな拍手が送られていた。もちろん、両チームに向けて。

(文・清水岳志)