元ブラジル代表、デニウソン。天才ドリブラーと呼ばれていた彼は1998年、6つのビッグチームからオファーを受けていたにもかかわらず、移籍先にベティスを選んだ。移籍金は当時の最高額(3200万ユーロ/当時のレートで約50億円)だった。 彼…

 元ブラジル代表、デニウソン。天才ドリブラーと呼ばれていた彼は1998年、6つのビッグチームからオファーを受けていたにもかかわらず、移籍先にベティスを選んだ。移籍金は当時の最高額(3200万ユーロ/当時のレートで約50億円)だった。

 彼の所属した7シーズンは、ベティスにとって、コパ・デル・レイ優勝などその歴史のなかでももっとも輝いていた時期と重なる。そのため、デニウソンはいまだベティスにとって特別な存在だ。ロナウド(ブラジル)が、いまだレアル・マドリードと強い絆で結ばれ、レアルが獲得する選手をロナウドがチェックするのと同じように、ベティスに来る選手はデニウソンが吟味する。

 そんなベティスのレジェンドが、新加入の乾貴士について語ってくれた。



プレシーズンマッチ、ボーンマス戦に出場した乾貴士 photo by Charlie Crowhurst/Getty Images

「日本人の乾を獲得したいと思うのだが、どうだろうか?」

 昨シーズンの半ば、ベティスの幹部からこんな相談を受けたとき、私は最初、難しいのではないかと考えた。彼がプレーするエイバルはスペイン最北の山合にある小さな町だ。セビージャは開放的な南の街で、サポーターもとても熱い。同じスペインとはいえ、まるで違う国のようだ。エイバルで活躍できたからといって、ベティスでも成功するとは限らないと思ったのだ。

 そこで私は、乾のことを調べ始めた。

 乾のことは、彼がまだドイツのボーフムでプレーしているときから知っていた。もちろん知っているといっても、運動量が豊富でスピードがあって、創造性のある選手ということぐらいだ。

 そこで私はまず、友人であるルーカス・ピアゾンとアンデルソン・バンバに連絡を取った。彼らはフランクフルトで乾と一緒にプレーした経験がある。2人の共通した乾の印象は、ともにプレーしていて楽しい選手というものだった。

 とくにバンバは4シーズンにわたり彼とプレーしている。当時から「今後は成長し、より高みへいく選手」と感じていたという。頭の回転もよく、プレースタイルはアルゼンチンの選手のようでもあり、ブラジルの選手のようでもある。どんなボールも全力で奪いにいき、テクニカルで、ピッチで違いを見せられる選手というのがバンバの乾評だった。

 私はその後、ベティスの選手たちに話を聞き、日本でプレーするブラジル人選手たちからも情報を集め、乾の試合のビデオをいくつか見て、ひとつの結論に達した。乾はまさにベティスにぴったりの選手だ、と。

 ベティスは、どんなに有名でも、個性と才能を持たない選手は獲得しない。乾はそのふたつを兼ね備えていた。

 こうして乾はベティスと契約を交わした。まだロシアW杯前のことだった。これはベティスにとって大いなる幸運だった。なぜならその後1カ月もしないうちに、乾はロシアで2ゴールをマークし、「ロシアW杯でもっとも活躍した無名選手10人」のうちの1人に選ばれたからだ。もう少し契約が遅れていたなら、乾をヨーロッパの強豪にさらわれ、ベティスには来てくれなかった可能性も十分あっただろう。

 私もベティスも、乾に大きな期待をしている。彼は今シーズンのベティスで3本の指に入る重要な選手となるだろう。キケ・セティエン監督も「乾が”乾”としてプレーできるようにしたい」と言っていて、彼への期待度がうかがえる。

 ただ、乾がベティスにとって欠かせない存在になるには、彼自身も最高の力を出し切らねばならない。今シーズンのベティスは、強いチームへと返り咲くこととチャンピオンズリーグ出場権を狙っている。乾獲得も、もちろんこのプロジェクトの一環だ。攻撃における多彩な能力をマックスに発揮し、サイドの先端でプレーし、ときにはトップ下も務める必要がある。

 乾は30歳。少なくともあと3、4年はハイレベルのプレーを続けることができるだろう。すでにスペインリーグをよく知っているのも強みだ。スペインのマスコミのやり方、スペイン各地のスタジアムを知っているし、言葉もある程度、理解できる。

 ただし、サポーターに関しては今までとはかなり勝手が違うかもしれない。ベティスのサポーター”ベティコ”は、とにかくスペイン一熱い。怒らせると怖いが、味方につければこれほど心強いものはない。

 彼らの心をつかむには、とにかくチームのために全身全霊でプレーしているのを見せることだ。懸命さが彼らに認められれば、多少のミスも許してくれる。そして、もし重要なゴールでも決めれば、乾は2カ月もしないうちにベティコのアイドルとなるだろう。

 乾がつける背番号14は、過去に多くの優秀な選手が背負ってきたものだ。シャビ・トーレス、サルバ・セビージャ、カピ、ホルヘ・オテロ、ロベルト・リオス、ルイス・マルケス、オスカー・アルポン……。チームがこの番号を与えた意味を、乾が理解してくれることを望んでいる。

 彼がロシアで見せたスピーディでイマジネーション豊かな、そして勇敢なプレーをベティスでも見せることができれば、乾はスペインリーグでもっとも活躍した日本人選手となるかもしれない。

 それに、彼は孤軍奮闘するわけではない。彼には助けてくれる仲間がいる。マルク・バルトラ、ホアキン・サンチェス、クリスティアン・テージョ、アントニオ・サナブリア、ルベン・カステロは乾の傍らでプレーする主要な選手たちだ。しかし私は、乾は誰よりもセルヒオ・レオンの近くでプレーすべきだと思う。彼は優秀なアタッカーで、乾の最高の相棒になるはずだ。

 乾がチームに溶け込み、セティエン監督を意図するところを理解し、セビージャに慣れ、落ち着いてプレーすることができれば、あとは何の問題もない。

 セビージャはとても美しく快活な街だ。乾もきっと気に入るだろう。この街の人は陽気で冗談好き。友達もすぐにでき、居心地もよくなるはずだ。まあ、その点については何の心配もしていない。ホアキンが乾に仕掛けたジョークの動画(※)を見れば、乾がすでにベティスに溶け込みつつあることがわかる。※ベティスの公式SNSに掲載された

 ベティスは新しいことに積極的に門戸を開くチームだ。初のアジア人選手、乾を得て、より明るく、良好なチームワークで、きっと高みにいくことができるだろう。

 乾というと、誰もがロシアで決めた2ゴールのことを語るが、私はそれよりも、彼がセネガル戦で見せたアシストのほうが重要に思う。そのアシストは、彼がテクニック、フィジカル、メンタル、そしてビジョンを兼ね備えた完成度の高い選手であることを物語っていた。

 ベティスでも彼が何度もボールに触れ、多くのゴールに絡むことを願っている。彼の逆サイドでプレーするホアキンは、かつての私のチームメイトであり、もう36歳だ。乾には彼の分まで走ってもらいたい。

 最後に、ベティスの先輩というより、ひとりのベティコとして、私は乾の加入を大いに歓迎する。そして日本のサッカーファンも、ぜひこれを機にぜひベティスの試合を見て、ファンになってほしい。彼がベティスで経験を積み、活躍することは、きっと日本代表のためにも大きなプラスとなることだろう。